少し前の12月の話となるが、中国のインターネット政策を担当する、国家インターネット情報弁公室のトップ魯wei(wei:火へんに韋)氏が、「中国政府は検閲などやっていない」と発言したことがニュースとなっている。「中国の法律法規に違反する、あるいは他人の合法な権利を侵害する、未成年の成長に危害を与えるサイトは管理部門が削除する対象だ」「ネット通報センターがあり、毎日多数のネットユーザーの通報を受けている。依頼を受けて削除をしているだけ。6億人のネット利用者がいて、どうしてチェックできようか」と同氏はコメントしている。記者会見で米国メディアの記者が「毎年ネット規制は厳しくなり、ますますLANのようになっているが」という質問をした際には、直接の回答は「次回に回答する」と言いつつ、「あなたを変えることはできないが、自分で友人を選ぶことはできる」とした。また「ネットを管理していない国などない」とも氏は語った。
このように語っているが、インターネット人口が数億人いても、中国国内で問題ある書き込みを発見して削除したり、1人の発言者に注目したりすることは技術的には難しくはない。中国では「ネット世論監視ツール」が複数のベンダーからリリースされている。これは本来、地方政府や企業が世論対策のために導入するツールであるが、中央政府でそうしたものが導入されていても不思議ではない。
ネット世論監視ツールについては複数のソフトウェア会社が検閲能力で競っている。「網絡輿情監測軟件」と検索すれば、多数のソフトが確認できるだろう。これらのツールは、中国でメディアのコメント欄やSNSをクロールし、あらかじめ登録してあるNGワードを含む書き込みや記事をピックアップする。さらに何度かふるいにかけて自動で出てきた問題ある書き込みに対して、最後は人力でチェックし、本当に問題があれば削除するように該当サイトの管理部門に通報する仕組みとなっている。
中国国内の監視にとどまっていたが、この1年で、「麦知訊」「紅麦」「谷尼」といったネット監視ツールベンダーが、中国国外サイトの監視機能を備える製品をリリースするようになった。麦知訊の資料によれば、中国国内のメディアが動き出しただけでなく、中国国内メディアの記事を外国メディアが紹介し始めたら、非常に不利になるため、「紅色危機(レッドアラート)」を出すという。中国国内向け製品のように、FacebookやtwitterなどのSNSをクロールすることはできないものの、世界中の主要ニュースメディアをクロールするそうだ。中国国内のように記事を消すことはできないが、オフィシャルなコメントを出し、迅速に火消し、ないしは火の勢いを減らすことができる。中国からは普通にはアクセスできないニュースサイトもあるが、そうしたサイトもクロールしているようだ。
中国国外に検閲を拡大しようとしているアクションはほかにもある。最近様々な新しいドメインが誕生している中、中国政府は、新ドメイン「.xyz」「.college」「.rent」「.protection」「.security」などを管理するレジストリ企業xyz.comと契約し、指定した12000もの単語のいずれかが含まれるこれらドメインは利用できないようになった。たとえば「freedom(自由)」「liberty(自由)」「democracy(民主)」、ないしは天安門事件が起きた「1989」などが指定され、これが含まれるwww.ts1989.xyzのようなサイトは利用できなくなる。中国政府と中国国外のレジストリ企業が契約したことが明るみになったのは今回が初めてだが、さらに様々なレジストリ企業にアプローチするかもしれない。
中国によるネットでの国外干渉の手段といえば、以前はサイバー攻撃であった。機密情報をとろうとしただけでなく、中国が反政府と認定した人々のメールを盗み見しようとした事件などが話題となった。それが一因でGoogleは中国から撤退したし、2015年は米中首脳がサイバー攻撃の懸念について論議した。まだ、今から考えれば当時は「それだけ」だった。
中国にいる外国人も、ネット検閲に慣れて麻痺しているかもしれない。北京五輪を開催した2008年は検閲があったが、まだYouTubeもtwitterもFacebookもGoogleも使えた。NGワードを入れた時にアクセスできなくなる、今から考えれば「それだけ」だった。日進月歩で進化するインターネット環境で、気づいたら中国が国外のネット環境にまで干渉するようになり、それを当たり前とさえ感じている。もっともそんな将来にならなければいいが。
余談になるが、ネットでは最近、中国に批判的な本を扱う香港の「銅鑼湾書店」の筆頭株主である桂民海氏(スウェーデン国籍。失踪当時タイにいた)と李波氏(イギリス国籍)が失踪し、中国当局が拘束していることを認めたという事件がある(説明は省くが時間があればぜひ検索してチェックしていただきたい)。中国は、言論の自由の方面で、リアルでもネットでも、中国国内でなく中国国外にまで、中国のやり方をより押し通そうとしているとも解釈できる。
- 山谷剛史(やまやたけし)
- フリーランスライター
- 2002年より中国雲南省昆明市を拠点に活動。中国、インド、アセアンのITや消費トレンドをIT系メディア・経済系メディア・トレンド誌などに執筆。メディア出演、講演も行う。著書に「日本人が知らない中国ネットトレンド2014 」「新しい中国人 ネットで団結する若者たち 」など。