中国の農村部は一般的にいえば所得が低いが、その状況を打破すべくITを活用する村もある。たとえばECサイト「淘宝網(Taobao)」には作った家具を販売することが村の主な産業となった通称「淘宝村」と呼ばれる村などがある。そして昨今の中国株の上昇で「株投資村(炒股村)」も誕生した。
西安のある陜西省の興平市南留村が特に有名だが、ほかにも上海と隣りあう浙江省の東陽市泉府村など有名な場所はいくつかある。百度で「南留村」や「炒股村」をキーワードに画像検索すると、農村の家屋で村人がパソコンを使いながら株式投資をしている姿を多数確認できるだろう。
830戸、4300人超が暮らす南留村は、リンゴの栽培が主産業の村だ。インターネットもあまり普及していない村に、ある仕掛け人が株投資の話を持ち掛けた。最初は村も疑心暗鬼だった。しかし1万元(約20万円)があっという間に1万1000元(約22万円)にあがるのを見て、村人たちは続々と参加を表明。それが半年で数万元に化け、10万元を超える人も出てきた。金儲け目的だけではなく、「国とは家である」と教育された彼らは「国のため」という愛国心を持って株式に投資する。「農民は純粋ゆえに政府の政策に影響されがち。農民が株を買ったのは政策で株高を唱えたため」という意見もあるほどだ。
村ではトランプや中国将棋、麻雀をする人を見かけなくなり、代わりに村人たちは、株や政府の経済政策の話をするようになった。「頭を使うようになった」と感動する農民もいるそうだ。もともとは民家だったところを改装した「交易ホール」には、株価を表示する49インチの液晶テレビが壁にかけられ、ノートパソコンが数台置かれ、多くの人が集まるようになった。家庭でもスマートフォンと4Gを導入したり、パソコンとADSLを導入したりして、株価をチェックするようになり、27歳から60歳までの100人超が株投資を行うように。当然、資産投資となれば個人にとどまらず、家庭にも影響する。その3倍~5倍の人々が資産の上下に一喜一憂した。莫大なお金を手にする者も現れたが、それも長くは続かなかった。
大きく株が下落した6月26日。村の投資家が平均して6万元(約120万円)失い、多くの村民が株投資の継続をあきらめた。株投資に手を出す前まで地道に貯めてきたお金はなくなり、交易ホールは閉鎖された。ただ誰もが投資をやめたわけではなく、引き続き家で投資を続けている人もいるという。親切心を装って中抜きをして儲けたのだろうか、村人に株投資を持ち掛けた仕掛け人は、いずれの村からも行方をくらました。ほぼ資金が底をついた村人は、りんごの栽培と廃材集めで小銭を稼ぐ日々に戻った。まだ投資を続ける人は「国家を信じ、中国人の能力を信じ、中国の力となろう。必ず株価はまた上がる」と声をあげる。
6月のはじめから、中国メディアは投資村を紹介し、「株投資はリスクを伴う。しかも実力を伴わない会社が上場している。だからこそ理性ある投資を」と訴えていた。しかし村では投資の動きが6月26日まで止まらなかった。中国株式市場で大きなテコ入れがされた七夕ショックまでの期間中、投資村の話を聞いた人も多いはずだが、どれだけの人が冷静に取引しているだろうか。
2007年の中国株バブル崩壊と、6月から7月にかけての今回の株価下落時の環境を比べると、スマートフォンの登場やノートパソコンや大画面テレビの価格低下など、今回の方がIT環境導入のハードルが下がっている。そのため農村でも『愛国を合言葉』にネットで株投資を行う人が増えた。中国メディアや外国メディアがレポートする中国株に熱心な人々の記事についた写真を見ても『中高年層』が目立つ。筆者の周辺を見ても投資する人は『教育レベルは低いが親の影響で金を持っている若者か、中高年』ばかりで、彼らや巻き込まれる親族を心配する『冷静な人々もいる』。そして中国メディアは熱心すぎる個人投資家に『理性ある投資を』と呼びかけている。
強調したい部分を『』で囲った。どうにも「愛国無罪」を訴えた反日デモの構図に似ているのだ。2005年と2012年の反日デモを比較すると、ITの普及とともに2012年は場所が大都市から地方に移行しているし、非インテリ層が反日デモに参加した。やはり、このときも彼らは愛国を旗印にし、「理性ある愛国を」という言葉が数えられないほどメディアに掲載された。ついでに反日デモも中国株ショックも党内部の政争が絡んでいるという噂話が出ている。
ITが国内に普及するといっても、都市部と農村部には数年ずれて普及する。かつて都市で起きた問題が数年後に地方都市や農村部で再び起きるということがあっても不思議ではない。
- 山谷剛史(やまやたけし)
- フリーランスライター
- 2002年より中国雲南省昆明市を拠点に活動。中国、インド、アセアンのITや消費トレンドをIT系メディア・経済系メディア・トレンド誌などに執筆。メディア出演、講演も行う。著書に「日本人が知らない中国ネットトレンド2014 」「新しい中国人 ネットで団結する若者たち 」など。