こんにちは。PayPalの藤本恭史です。言わずもがなですが、今、「FinTech」がバズワード化していて、巷でさまざまな切り口で特集されています。でもふと思うのは、「結局、FinTechは生活にどう影響するようになるのだろう?」という単純な疑問です。
FinTechは既存の金融システムを破壊する……なんてよく言われますが、ソーシャルレンディングやブロックチェーン技術は僕らの生活からは遠そうだし、Apple PayやLine Payは僕らの生活をとても便利にしてくれそうだけど、既存の金融システムを壊すほどのものなのだろうか? 実際ところよく分からない、というのが正直な感想ではないかと思います。
この連載は、そんな皆さんの疑問に答えるために始めました。バックエンドの新しい技術基盤や金融システムについては既にいろんなところで話されているので、ここでは、ユーザー視点のフロントエンドから見て、僕らの生活がFinTechによってどう変わっていくのか、毎回わかりやすく紹介していこうと考えています。
FinTech企業にキャリアチェンジしてみて
これから色々と書いていく前に、私の人となりをご紹介したいと思います。私は日本マイクロソフトでWindows本部長やセントラルマーケティング本部長を担当したあと、畑違いのFinTech企業であるデジタル決済プラットフォームのPayPalに転職しました。多くの知人に「なんでPayPal?」と驚かれましたが、長らくWindowsというプラットフォームのマーケティングを担当してきたこともあり、プラットフォームを作り、エコシステムを作るということがとても好きで、自分には未知のデジタル決済というプラットフォームに興味を持ったことがきっかけでした。
PayPalのことをご存じない方のために少し会社の説明をします。PayPalはユーザーと銀行やクレジットカード会社の間に入り、電子メールとインターネットを利用した決済プラットフォームを提供しています。ユーザーは売り手にクレジットカード番号を知らせることなく、より安心して支払いができます。支払いに必要なのはメールアドレスとパスワードだけなので、支払いのたびにクレジットカード情報や住所を入力する手間がかかりません。そして無料で使えます。
売り手は幾つかの審査で簡単にアカウントを開設でき、アカウント開設や月額手数料は無料、決済発生時の手数料のみ頂戴しています。決済で得た代金はPayPalアカウントへ即時入金。銀行口座への振り替えは手続き後、最短3営業日で行います。そして、取引の安全性を確保するために、売り手買い手の双方へトラブルに対する保護プログラムを提供しており、さらにはすべての取引を2000人以上の不正対策専門チームによって365日24時間監視し、不正、フィッシングメール、なりすましなどによる被害を未然に防ぐ体制を整えています。
そんなビジネスを展開するPayPalですが、しかし転職の際に、私は3つの疑問を持ちました。(1)PayPalはファイナンスの会社なのか、テクノロジの会社なのか、(2)なぜ世界ではデファクトスタンダードとしてPaypalが使われているのに日本ではあまり知られていないのか、(3)そもそも自分の生活を振り返るとまだまだ現金主義で、毎日元気よく財布から現金を出し、何の不便も感じていないのに、デジタル決済は定着するのか。
これら3つの疑問は今でもあり、そして日本市場においては大きなチャレンジです。日本におけるFinTech企業を取り巻く環境には、独特のさまざまな法規制があり、ビジネス慣習があり、テクノロジの変化があり、業界構造があります。これらについても、これからの連載の中で紹介していければと思います。
しかし、一方で成長機会も非常に大きいマーケットです。FinTechという見方では、切り口によってマーケット規模が異なりますが、デジタル決済に深く関わるECという観点では、2014年に日本国内のBtoCマーケットは12.8兆円(経済産業省「平成26 年度我が国経済社会の情報化・サービス化に係る基盤整備(電子商取引に関する市場調査)」)に達していますし、FinTechがさらに盛んでデジタル決済に慣れ親しんでいるグローバルとの越境ECにつながる訪日インバウンドは、先日新たな目標として2020年に4000万人が設定されました。国内、国際間取引ともにますますデジタルでの利便性が求められていき、日本においても変革が進むことは間違いありません。
それに伴い、FinTechのターゲットカテゴリも参入プレイヤーも加速度的に広がっているのです。そして可能性と活用の分野が広がったことでFinTechという言葉が一人歩きしてますますわからなくなってきているのではないでしょうか。
ここが面白いFinTech
そもそもFinTechとは何でしょう。金融IT、ITを使って金融サービスを生み出すことなどと説明されますが、私は、「お金の価値をテクノロジによってデジタルに変換し、時間的・物理的な制限を取り除くことで現金や既存金融システムでは実現できなかった未来を実現するもの」と捉えています。
FinTechのパイオニアと呼ばれるPayPalは、1998年12月にシリコンバレーで創業しました。1998年といえば、米国ではインターネットバブルの真っ只中です。多くのスタートアップ企業が未来を求めてインターネット上の商取引を始めた際、実績のない新規スタートアップでは銀行やクレジットカードの与信がすぐには通らないという問題に直面しました。そこでPayPalはカード会社や銀行とスタートアップ企業との間に入りデジタル決済を提供することで、商取引実績の少ない企業でもビジネスを開始し、そしてキャッシュフローを健全化できるモデルを確立したのです。
ユーザー視点で見ると、サービスは使いたいけれどもあまり知られていないスタートアップ企業にクレジットカード情報を渡すことへの不安を、PayPalが間に入ることで解消できました。つまり、既存の金融システムでは対応出来なかったものを、デジタルとビジネスモデルによってより可用性の高いものに変革したんですね。
今では、PayPalは1億8400万人のアクティブユーザーに利用され、年間では49億件の決済を支えています。全世界で1秒間に約155件のPayPal決済が発生していることになりますので、膨大な数ですね。実は同じことが、もっと急速に、あらゆるレベルで起きようとしている、それが2016年のFinTechの現状であり、面白いところだと思います。
FinTechと呼ばれる分野で、特に注目されているのがデジタル決済、PFM(Personal Finance Management)などクラウド型会計サービス、ソーシャルレンディングなどの投資モデル、そしてブロックチェーンに代表されるテクノロジ基盤など。どの分野をとってみても、既存金融モデルのプロセスや現金・クレジットカードの実質対価価値をデジタル化することで利便性を格段に進化させ、新たな価値を生み出す可能性を秘めています。アイデア次第でお金の可用性をさらに高め、お金の回転を加速し、さらなる機会創出をすることができる。これがFinTechの持つ可能性の醍醐味ではないでしょうか。
繰り返しになりますが、そんなFinTechが持つ可能性について、それがどういうように僕らの生活に活用され、便利になっていくのかという視点で、この連載で紹介していきます。僕らのポケットに入っている現金が、ITを通じてどう変革していくのか――少しワクワクしてきませんか?