それでも中国でITビジネスを続ける理由--ソフトウェア編

山谷剛史

2016-06-14 06:00

 中国では物価が上がり続け、人件費が高騰している。「チャイナプラスワン」(中国に生産拠点を構える企業がリスク回避のために中国以外にも拠点を分散させる考え方)という言葉が登場し、また、(特に開発において)中国から撤退する企業も増えている。しかし、そんな中でも中国でがんばり続ける日系企業がある。こうした日系企業はどうしてがんばれるのか、中国での開発は厳しくないのか。まずはソフトウェアの分野について、大連市(遼寧省)に本社がある大連ランダムウォーカー有限公司の三宅雅文社長に話を聞いた。

大連ランダムウォーカー有限公司の三宅雅文社長
大連ランダムウォーカー有限公司の三宅雅文社長

 三宅氏は、富士通のSE会社に20年勤続した経験をもつ。その在籍中、2005年より現場プロジェクトマネージャーとしてオフショア開発を始めた。そして2010年に大連ランダムウォーカー有限公司を設立。日本向けの受託開発のほか、自社(中国)開発のクラウド型情報システムをリリースしている。開発において、要求定義と基本設計が日本人、実現可能性の調査の指示は日本人、納入前の最終チェックは日本人。それ以外の詳細設計、プログラミング、テスト(雛型は日本人)は現地の従業員が行っている。

 まず気になるのが人件費だ。「人件費は上がっていますが、まだ日本国内よりは若く安い技術者を集められるメリットがあります」と三宅氏は回答する。三宅氏からの回答で一貫して出たキーワードは「大連」という土地柄である。「大学新卒の初任給でも、上海は5000元(約81500円)以上、大連では3500元(57000円)以上です。しかもこの差は年齢とともに開くと思います。もっとも、高度技術者や最先端技術者は上海の方が多いと思います」と語る。

 中国ビジネスのリスクと言われる中国人の離職志向についても、「キャリアアップを狙う上海よりも離職率は低いと思います。大連で働く人は東北3省出身者が多く気質的にも我慢強いと聞きます」「上海はハデハデでイケイケな印象があります。知り合いの社長もそう言います」「金融系の顧客管理システムを開発している中国人社長の会社も上海の拠点は100人から70人に減らし、その分で大連に関連会社を作りました。今後も上海はヘッドオフィスにして大連で人を増やしたいそうです。但し、大連の若者でも、出来る人たちは大連から上海や北京に出ていく人も少なくないらしいです」

 単に人件費が安くて日本に近いからだけではない。ハイテクは上海、ハードウェアのモノづくりは深センが目立つが、大連は日本向け開発に強いと三宅氏は説明する。「やっと大連も創業に力を入れ始めましたが、日本向けの下請けオフショアが1980年代からの下地になってますので」という理由で、今も大連経済に占める日本のオフショアの割合が非常に高い。


大連は日本向け開発に強いと、大連ランダムウォーカー有限公司の三宅雅文社長は説明する。

 減ったとはいえ、「市のGDPに占める日本関連は5割を超えると聞きます。日本語学習者の就業機会は他より高い」と感じるそうだ。大連としては日本企業が逃げるのは死活問題であるから、できるだけ日本に良い環境を提供し続ける。具体的には、大連では過去に中国全土で発生した反日デモにおいても、発生を未然に防ぐことに成功した。反日デモを起こしそうな者に金と娯楽を与えて、反日デモに気を向けさせなかったという伝説がある。日本人にとってはストレスが比較的少ない土地柄のようだ。

 ちなみに今どきの若者はどうなのだろうか。「大人しいです。上昇志向は前の人達の方があったと思います。日本も大連も若者の志向は同じかなと思います。それから、バンバン転職するよりじっくり技術力を付けたいという志向が有るかと。うちの会社で得るものが無くなったら転職していくというのは変わらないとは思いますが(笑)。大学では主にJavaとかのプログラミング言語は習ってきますが、システム開発手法は習って来ないので、そこはOJTです。それも以前から変わらないです」

 むしろ三宅氏が注目し評価しているのはこれまでにこの地で培われてきた人的資産だ。「技術的に凄いというよりは、知日で日本企業や日本人とのつきあい方、商習慣をよく知ってるなという経営者によく会います。もちろん日系合弁企業だけでなく、現地企業も」「全部言わなくても(仕様に書かなくても)行間を読むとか。日本側(発注側)のミスを主体的にリカバリーしてくれるとか」「1980年代からの積み重ねが有るから、街とか風土にそういう空気が有るんでしょうね。中国ソフトウェア業界では40代を越えたリーダーが少なく、たとえば上海ではその歳になると社長になりたがる。一方の大連では比較的そのクラスが部長とかの役職にいると思います。弊社が組んでるChinaSoftもそうです」「ただよく中国人は企業内において、得た知識や人脈を伝承しないといわれています。やはり苦手ですね」

 日本企業が一部撤退する中、そんな有能なリーダーが会社から離れてゆく。だが、この人材を求めて別の日本企業が大連に子会社を設立する、という動きもあるそうだ。気になるコストは、30代半ばで15000元(約245000円)から、40代なら20000元(約326000円)からが相場。さらに拠点を内陸に移転するトレンドがあるため、複数拠点のマネジメント能力が、大連の中国人リーダーには求められつつある。

 いくら大連が日本向けを意識し、中国人開発者が日本にあわせているといっても、中国国内のIT環境の変化は激しく、中国人はその空気を感じている。また、中国製品は近年、ハードとソフトともに頻繁に更新されるようになったと筆者は肌で感じる。変化に対して柔軟な気質は、製品を比較的容易に更新できるソフトウェア開発には特に向いているのではないかと思うが、こうした空気は現場にもあるのだろうか。「有ると思います。新しいこと好きで、変化に拒否感がないというか。新技術への対応も日本人より中国の方の方が食い付きがいいと思いますし、モバイル、クラウドへの対応も素早く感じます」「うちはまだそこまでは成熟してませんが、中国人スタッフ側から日本向けの製品を提案しているレベルまでいっている会社も訪問しているとありますね」

 技術トレンドが変わり、技術者の所得水準があがり、開発が内陸へと移る中で「(結局のところ)生産性を上げる取り組みができたところが残ると思っています」と三宅氏。以前ほど楽ではないが、いくぶん大連は中国全土の他の都市と比べて、都市全体で日本企業にとって開発しやすい環境が残っていて、そこで生産性を上げているからこそ中国開発でやっていけるわけだ。

山谷剛史(やまやたけし)
フリーランスライター
2002年より中国雲南省昆明市を拠点に活動。中国、インド、アセアンのITや消費トレンドをIT系メディア・経済系メディア・トレンド誌などに執筆。メディア出演、講演も行う。著書に「日本人が知らない中国ネットトレンド2014 」「新しい中国人 ネットで団結する若者たち 」など。

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