誰もが開発者になる時代 ~業務システム開発の現場を行く~

仕様書を用意しない「対面開発」のメリットと課題

伊佐政隆

2016-08-05 07:00

 こんにちは。サイボウズの伊佐です。

 前回は、筆者がプロダクトマネージャーを務めるaPaaS「kintone」の近況と、業務システム開発の現場で台頭している「対面開発」についてご紹介しました。仕様書を用意せず、利用ユーザーを巻き込んで開発をすすめるこの手法、本当にユーザーの満足を集めているのでしょうか。今回は対面開発によって社内の業務改革に挑まれている企業のお話を紹介しながら、対面開発の実態を追っていきたいと思います。

店舗スタッフの負担にならない業務システム構築とは

 中国地方を中心に直営35店舗のスーパーを展開しているエブリイ。1989年に創業、16期連続での2ケタ増収を達成し、今最も勢いのある小売企業のひとつと言っても過言ではありません。生鮮品特化型スーパー「鮮Do!エブリイ」の出店や、人材教育「類人猿セミナー」など、独自の取組みも注目され多数のメディアで取り上げられています。


生鮮品特化型スーパー「鮮Do!エブリイ」

 2016年は114人の新卒社員を雇用し、5つの店舗を出店するなど、大規模化に向けた成長を推し進めています。こうした事業の拡大にともない、業務フローや利用しているシステムの見直しも急務の課題となっていました。

 また、小売業の現場は、「お客様の満足度向上」が最大のミッション。お客様との接点を最大限に増やすためにも、店舗が作業に割く時間をもっと減らしていかなければという気運が高まっていました。そのような背景から、エブリイのシステム開発部では、店舗が増えても圧迫されず、現場メンバーの負担にもならない業務フローの構築に向けてITで支援できることを模索していました。

 それでは、エブリイのシステム開発部が実施した対面開発について、時系列で見ていきましょう。

2015年秋

 当時、システム開発部は担当部門から依頼を受け、お客様からの問い合わせ対応の効率化に向けた企画検討を進めていました。そこで選定されていた製品は、企業のコールセンターに特化したCRM。魅力的な製品ではありましたが、エブリイはお客様対応を専門で行う人員を持たず、品質管理を担当する社員がお客様対応を兼務している状況のため、組織の大きさに対し、機能過多すぎるという懸念がありました。

 この検討によって見えてきたのは意外にも、本部で感じていた問題の本質は「お客様対応以外に店舗スタッフが抱えている業務が多すぎること」にある、ということだったのです。

2016年1月

 エブリイ社内で「kintoneによる対面開発」が大きく流行する皮切りとなったのは、その2カ月後に始まった「時間がかかってしかたない」と店舗・本部で課題になっていた返品処理業務のシステム化です。

 店舗で返品が発生した場合、その理由や経緯について経理部門への報告が必須となっています。レジ対応中に紙でメモした返品理由を、業後にExcelファイルに転記し、メールで本部に報告していましたが、店舗スタッフを定期的に1~2時間バックヤードに篭らせてしまうこの作業が、高いサービス品質の店舗運営に向け大きな課題となっていました。また本部も、毎月35店舗からくる膨大なExcelファイルを集計し、まとめる作業に膨大な時間を費やさねばならない状況でした。


従来の返品処理業務では店舗側、本部側の双方に負担があった

 この業務改革に向け、まずはシステム開発部のメンバーがサービス部門まで出向き、部門統括に業務の実態についてヒアリングしていきました。それと平行し、現在使っているExcelをもとに、kintoneで「返品処理アプリ」を作成、部門統括にお披露目しました。

2016年2月

 部門統括の反応がよかったため、次に実際にシステムを使う店舗メンバーを本部に招集し、勉強会を実施しました。

 店舗のメンバーにその場でアプリを試させながら新しい業務フローについて説明。紙での転記作業が不要になる新たな業務のプロセスは好評で、アプリによって実際の業務イメージも持てたため、「これなら大丈夫」と店舗側にも受け入れられ、正式に業務への展開が始まりました。

 着工からわずか1カ月。通常の開発であれば、仕様書を作成しているだけで過ぎ去ってしまう時間かもしれません。

対面開発の成功のポイント

 こうして「対面開発」による業務改革に成功したエブリイ。現在は50を超えるアプリが社内で活用されています。返品処理の他にも、機器管理用のアプリや、店舗事務員さんと本部とのやりとりをするアプリ、地方で行われている商品開発の状況共有するアプリなどが開発されました。なぜ、エブリイでは仕様書を作成しない「対面開発」がうまくいったのでしょうか。その成功のポイントとして、現場部門との連携プレーを挙げています。

 エブリイでは、システム開発部のメンバーが現場に積極的に出向き、業務実態をヒアリングしています。店舗メンバーの使いやすいシステム作りのためには、彼らの声を聞くだけでなく日中業務の支障をきたさぬよう、短期間で開発を進めていく必要があります。しかし、普段システムに触れることのないメンバーが、仕様書だけで実際に使うシステムを想像することは容易ではありません。

 綿密な開発計画と仕様書を用いシステム部内でクローズドに進めていくよりも、店舗スタッフの声をもとにアプリを作り、試しに現場で使いながら改善をしていく対面開発の方が、自社の体制に合っていると体感できています。

対面開発の課題

 対面開発は素晴らしい手法ですが、開発担当者にはこれまでとは違う発想が求められます。現場と向き合って効果的なシステムを開発するためには、要件通りに手を動かすだけでなく、業務のプロセス改善に繋がる提案をすることが重要です。そのため、開発担当者には提案の引き出しを増やす努力が求められます。エブリイのシステム部門は、必要に応じて各地で行われるユーザーコミュニティに参加し、学ぶ機会を増やす試みも実施しています。

最後に

 「お客様対応の時間を生み出すためのシステムを作る」という対面開発の現場、いかがでしたでしょうか。次回も対面開発で店舗の時間を生み出すことにチャレンジする新しい情報システム部門に迫っていきたいと考えています。

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