Wired誌によると、AIでモザイク画像を解析する研究が成果を上げ始めており、インターネット上の個人のプライバシーが危機に瀕しているという。
テキサス大学とコーネル大学の研究チームは、解析用の画像をニューラルネットワークに読み込ませ、不明瞭な画像から人物や文字を特定するよう学習させた。その上で、インターネット上でよく利用されている技術でマスキングされた画像をニューラルネットワークに解析させた。
すると、マスキングのレベルにもよるが、簡易的なものであれば89~90%、かなりぼかしたものでも50~75%の確率で、対象を特定することができたという。研究者は、インターネット上のプライバシーがAIによって危機に晒されるリスクを無視できないとしている。
われわれの過去は、ソーシャルメディア、メール、写真、動画とさまざまな媒体に記録され、そして今回のように、テクノロジがそれをより鮮明にする。そして、それらが解析され、つなぎあわされることで、今度はわれわれの未来が正確に予測されることとなる。
それは、必要なときに必要なものが手に入るとても便利な社会かもしれない。一方で、こうしたテクノロジによる過去と未来の拡張は、人間をメンタルな面で危機に陥れる可能性がある。
NHKの番組「キラーストレス 第2回 ストレスから脳を守れ~最新科学で迫る対処法~」によると、人間がストレスによって過度な影響を受ける要因として、過去を記憶し、未来を想像するという人間の優れた能力があるという。テクノロジは、この能力をさらに拡張してくれるものである。
もともとストレス反応とは、外的に襲われるなどの事象が発生したときに、すぐに行動に移れるように心拍数や血圧を高めるものであった。それが、現代社会では、フィジカルなストレス事象がメンタルなストレス事象に置き換わり、しかも、その事象は何度も過去の記憶から呼び起こされ、将来の想像に現れる。
そのため、本来であれば一定の時間で過ぎ去るはずのストレス状態が、現代社会では長期に渡って持続してしまい、これが脳に物理的変化をももたらすのだそうだ。
同番組によると、その解決策として、瞑想をベースに開発された「マインドフルネス」という治療法に効果があるという。つまり、雑念を払うことで、人を過去や未来から解放し、ストレスを解消して行くのである。
テクノロジによってわれわれの過去はより拡張され、未来はより正確に予想できるようになったのに、心の安静を保つためには、テクノロジを排除して過去と未来から自らを遮断しなくてはならない、とは皮肉なことである。人間の面白さと難しさは、どんなにテクノロジが進んだとしても、人間の深層の部分には生物として積み重ねてきた特性があり、その両者の変化のスピードが全く異なることにある。
ちなみに、筆者は「マインドフルネス」よりもっといい治療方法を知っている。そう、「釣り」である。
今水中にいる魚との真剣勝負は、あらゆる雑念を吹き飛ばし、そこには過去も未来も一切ない。魚との対峙は、人間の深層にある動物的本能を呼び覚まし、現代社会のストレスからわれわれを解放するのである。
ゆえに、いろいろとまずい状況なときこそ、釣りなのである。一点、釣りに難があるとすれば、釣りをしていないとき、釣り人は過去の成功体験に囚われ、将来釣り上げる大物を夢想し、ストレスの有無と関係なく、釣りに行き続けるという中毒症状を呈することである。
飯田哲夫(Tetsuo Iida)
アマゾンウェブサービス ジャパンにて金融領域の事業開発を担当。大手SIerにて金融ソリューションの企画、ベンチャー投資、海外事業開発を担当した後、現職。金融革新同友会Finovators副代表理事。マンチェスタービジネススクール卒業。知る人ぞ知る現代美術教育の老舗「美学校」で学び、現在もアーティスト活動を続けている。報われることのない釣り師