主なパブリッククラウドが海外勢という意味
それでも、パブリッククラウドの本格的な普及はIT業界の構造に大きな衝撃を与えるだろう。なぜなら、主要なパブリッククラウドのサービスを提供するのは海外勢だからだ。つまり、日本のITベンダーが手掛ける一定の割合の仕事が米国シリコンバレーを中心とする海外勢に取られてしまい、その結果として国内でのIT市場が縮小してしまうことを意味するのだ。
もちろん、これまでもITでは海外製品が欠かせなかった。ネットワーク機器はCisco Systems、データベースはOracleというように、主要な製品の代名詞といえば、そのほとんどが海外製だった。サーバやPCに関しては国内メーカーも健闘してきたが、搭載されているOSはMicrosoftのWindowsやRed HatなどのLinuxであり、主要な部分は海外製品が握っていることが多かった。しかし、パブリッククラウドが実現する世界は、日本の市場にとってそれらとは比べ物にならない大きな衝撃となるだろう。
その理由は、クラウドが従来製品のようなパーツの部分だけではなく、システムの運用フェーズに深く関わるからだ。システム導入は、新規構築およびリプレース時の構築フェーズだけに焦点があたる傾向が強い。しかし、システム全体の視点で見ると構築フェーズより運用フェーズの方の割合がより大きい。運用フェーズは期間が長くそのコストも平準化される。
そして、そもそも一定の運用体制があれば、よほど大きな障害などの場合を除いて現場力でなんとかなる要素が大きい。しかも、日本の現場はその対応力に長けていて、問題が表面化しにくい。その結果、“システム運用は見えないコスト”となり、それは裏を返せばベンダーの大きな収益源となっていたのだ。実際にはシステム構築より、多くのリソースが運用にかかっているが、それが正確に経営層に認知されていないという場合も多い。
しかも、実はそこに大きな市場が隠れていることを海外勢も知っていた。しかしながら、参入障壁は非常に高く、これまで海外勢がそれを越えられず、その市場が国内ITベンダーにとって重要な収入源となっていたのだ。海外勢にとっての障壁は、もちろんハードウェアが各企業のサーバールームに存在する点にもあるが、その最大のものはシステム運用のプロセスが定義されていないことにある。
運用設計に伴う事前定義が必要な海外勢のサービスは、ユーザー企業にとって制約が多い。それに比べて“いつものシステムエンジニア”(SE)が現場でさまざまな対応をしてくれる国内ITベンダーのメリットは圧倒的だ。そのため、このシステム運用の市場は圧倒的なサービスレベルを誇る国内ITベンダーの聖域のようになっていた。
しかしパブリッククラウドは、この非常に高い参入障壁を一気に無効にしてしまう威力を持っている。パブリッククラウドは、ユーザー企業が持つこれまでのシステム導入の経緯やその企業の状況、商習慣などは一切考慮してくれない。あるのはAmazonやMicrosoftが決めた利用規約だけであり、これによって日本のIT市場が一気に世界と同じ土俵に立ったことを意味する。海外勢は国内ITベンダーと異なり、ユーザー企業のシステム部門の現状を忖度(そんたく)してくれることは無く、淡々と事前に取り決めたSLAに沿ったサービスを提供するだけである。

海外勢と国内ITベンダーの違い
これは契約に沿ったサービスを提供するというだけで、ごく当たり前のことだが、国内市場で作り上げられてきたユーザー企業のシステム部門とベンダー企業の“蜜月関係”の現実とは大きく乖離している。しかし、そもそも運用設計の無いシステムを持つ企業がグローバルでの競争力を維持することは難しい。パブリッククラウドのような仕組みこそが本来のITにおいてあるべき姿に近いとも言える。パブリッククラウドへの移行を考えているユーザー企業のシステム担当者であれば、この事実だけは前もって肝に銘じておくべきだろう。