就業期間50年時代の到来
しかし、ミスマッチによってなかなか希望の仕事に就業できない人へ、「ぜいたくを言わずにとにかく働け」というようなことは、的を射た解決策とは言えない。その理由は、日本の就業環境の大前提が以前と大きく変わっているためだ。
というのも、その昔の定年退職年齢は55歳が主流だった。それが、高年齢者雇用安定法の改正(1998年施行)で禁止されたことによって60歳定年となり、現在では65歳までの延長雇用も珍しくなくなった。この55歳から65歳への10年という現役期間の延長は、この四半世紀ほどで常識になってしまった。そして、ライフプランで非常に重要な年金支給の開始年齢などもこれらとリンクしているだけに、よほどの資産を持てた“成功者”でなければ簡単にリタイアなどできない。そして、最後の人口ボリュームゾーンである筆者のような団塊ジュニアとそれ以降の世代は、70歳かそれ以降も働き続けなければならない状況も十分あり得るだろう。
そして、その日本の福祉政策は世界最高水準と呼ばれるほどに手厚い。これ自体は非常に素晴らしいが、少子高齢化と人口減少に苛まれる日本に、これを維持する力はもはや残っていない。だから、団塊ジュニア世代のような1学年で200万人もいる世代が少しでも多く稼ぐ側(福祉を支える側)に残る期間を増やさないと、あっという間に破綻してしまう。就業年齢に達するにはざっと20年間かかり、団塊ジュニア世代が現役なのも65歳定年が前提で、やはり20年だ。今このタイミングで出生率などが変わらない限り、2030年代に間違いなく大きな衝撃が走るはずだ。
ここ数年で劇的に出生率などの改善が見込めない状況では、これから日本人の社会人の人生は延長せざるを得ない。就労期間が30年ほどの時代もあったが、現在でも既に40年を超え、今後は50年超になるかもしれない。現在の福祉制度が出来上がった頃の平均寿命はせいぜい60歳代で、55歳定年と言っても、その後の余生はせいぜい5~10年だった。それが現在では、男女とも平均寿命が80歳を超えて久しく、この右肩上がりの傾向はずっと続いている。仮に余生が昔と変わらず5~10年とすれば、70~80歳くらいまで働かなければ現在の福祉制度が破綻するのは当然だろう。政府や大手生命保険会社などが言う人生100年時代などは、そのような厳しい環境になることを前提としているのだ。
このように日本人が働く期間が数十年延び、人生の大部分となるのだ。つまり、それだけの長い期間を費やす職業や職種の選択の重要性は、以前よりも増していると言える。小学生がプロ野球選手やサッカー選手を憧れるように、ある程度の職種の人気に偏りが生じるのは仕方がないが、これからは求人と求職のミスマッチの解消を目指す世の中になるだろう。
そのような環境の中で、この連載のテーマであるセキュリティ分野も例外ではない。セキュリティ人材が(多少の一人歩き感は否めないものの)、2020年には19.3万人不足(出典:経済産業省)するという部分を全く無視するわけにはいかない。業界の不人気な要因は改善し、代替ができる部分は自動化や効率化をしながら対処していくべきだろう。職業の選択権は既に労働者側に移っており、セキュリティ人材も就職活動中の学生や転職を考えている社会人に選ばれる職業でなければならない。
次回は、大手企業などが発表している人材に関するトピックや海外での人材の動向を挙げながら、もう少し社会全体でこの人材をどのように考えていくべきかを深堀りしていきたい。
- 武田 一城(たけだ かずしろ)
- 株式会社ラック 1974年生まれ。システムプラットフォーム、セキュリティ分野の業界構造や仕組みに詳しいマーケティングのスペシャリスト。次世代型ファイアウォールほか、数多くの新事業の立ち上げを経験している。web/雑誌ほかの種媒体への執筆実績も多数あり。 NPO法人日本PostgreSQLユーザ会理事。日本ネットワークセキュリティ協会(JNSA)のワーキンググループや情報処理推進機構(IPA)の委員会活動、各種シンポジウムや研究会、勉強会での講演なども精力的に活動している。