ビジネスからIT基盤を考える--顧客中心主義のIT基盤の作り方

第2回:改めて考える顧客体験とその管理

鵜瀬総一郎 (アドビ)

2021-02-10 07:00

 ビジネスの世界で「顧客中心」という概念が提唱されて数十年、このコンセプトは古くなるどころか、近年ますますその重要性が指摘されるようになっています。その背景には、これまで企業が進めて来た顧客中心の考え方が、真の意味で顧客中心ではなかった点があります。

 顧客と企業との関係は、顧客が商品を購入して終わりではありません。ニーズが起こり、そのニーズを解決する手段やモノを探し、検討し、購入して体験する——、このプロセスの中で、企業と顧客はさまざまなコミュニケーションやインタラクションを行いますが、その全てが顧客の“体験”として蓄積されます。企業がより満足度が高く、良いコミュニケーションやインタラクションを行うためには、企業が顧客体験を適切に管理しなくてはなりません。ここで改めて、顧客体験とそのマネジメントについて考えていきましょう。

顧客との関係をシナリオで捉えよう

 顧客体験は非常に広い概念です。言うなれば「顧客と企業の関わり全て」となります。商品を購入したその瞬間だけでなく、その検討段階から、企業がどんな情報を提供し、どのような提案をしてきたのか、流通チャネルは多様なのか、購入時の説明やサービスはどうだったか、商品の使い勝手や機能はどうか、そしてアフターサービスや購入後のフォローはどうなっているのかなど、企業と関わる全てが顧客体験となります。

 「顧客管理なら、長年取り組んでいる」という企業もあると思います。ですが、顧客情報の管理はしても、どちらかというと企業視点による取り組みであり、真の顧客中心とは異なるものでした。実際、1990年代に登場したCRM(顧客関係管理)は、営業活動の管理といったものでした。確かに社内の顧客情報を一元化するという意味はありましたが、顧客がそのやりとりの中で、どんなことを感じ、どのようなニーズを抱えているのかといった洞察については、やや弱かったといえます。

 こうした状況が変わったのは、マーケティングオートメーション(MA)といったデジタルマーケティングの手法・技術が進化してからです。対面営業中心のビジネスの進め方から、ウェブを起点としたプレ営業活動が主流となり、「顧客接点=営業接点」という図式が広がってきました。Cookieなどのデータを基に、ウェブサイトに訪問してきた人の行動履歴や、メールの開封/未開封とURLリンクへの反応、リピーターであれば訪問回数の把握がしやすくなり、顧客と企業の接点・関わりが数値で把握できるようになったのです。顧客と企業との接点で起こる体験を可視化し、ビジネスケースを描くカスタマージャーニーマップも注目されました。

 カスタマージャーニーの優れている点は、これまで営業接点のみで捉えていた顧客の体験を、あらゆる接点で、時間軸の流れに沿って描いているところです。つまり「シナリオベースで顧客体験を捉えている」のがカスタマージャーニーの特徴です。

 これにより、時間を経るごとに顧客の関心や購買意欲がどれくらい変化したのか、どのようなニーズや課題があるのかが、行動履歴から推測できるようになりました。何度もウェブサイトを訪問しているのなら、それだけ興味関心が高まっているといえますし、複数の商品・サービスのページを何度も往復しているのであれば、検討していると推察できます。営業活動も、こうした背景を理解していれば、より顧客のニーズに沿った提案ができるようになります。

 ただ、カスタマージャーニーも完全ではありません。その理由は、描かれている顧客体験が、企業目線になっているからです。

 実際のところ、ウェブサイトを訪問した人が全て顧客になるわけではありません。一度訪問したものの、2度と戻ってこなかったり、ページ途中で離脱したりなど、途中で脱落する人も多数います。また、ウェブサイトを見ただけでは申し込みをしなかった顧客が、ウェブ広告から誘導されるランディングページの情報を見て申し込みを行うなど、別の流入経路からコンバージョンするケースもあります。

 さらに、現在は1人の人間が、スマートフォンやPC、タブレットなど複数のデバイスを使い分けており、顧客と企業とのコミュニケーションは多様化・複雑化しています。ウェブだけでなく、アプリやSNSも含めてコミュニケーションを取ることが当たり前となっている現在、一直線のカスタマージャーニーは、企業目線であり、顧客の真の体験に沿ったものとは言い難いのが現状です。顧客理解をより深めるには、自社の顧客体験シナリオが本当に顧客視点になっているのか、検証する必要があります。

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