現在のPCワークステーションは、製造業における3D CAD(Computer Aided Design)やCAE(Computer Aided Engineering)にとどまらずAI(人工知能)活用、CG/アニメーション制作、建築/建設業界におけるBIM/CIM(Building Information Modeling/Construction Information Modeling)など幅広い業務に用途を広げています。一般的にオフィスで使われるビジネスPCとは何が違うのでしょうか。第1回は、PCワークステーションが提供している価値の本質を、創成期からの連綿とした取り組みを振り返りつつ解き明かします。
PCワークステーションはハイスペックのPCなのか?
「PCワークステーションと一般のPCとは何がどう違うのか」「単にスペックの高いPCがPCワークステーションなのか」「グラフィックカードを搭載したPCのことをPCワークステーションと見なせば良いのか」── このような疑問を抱かれている方は意外と多くいます。
確かにPCワークステーションと一般の業務用PC(以下、ビジネスPC)との違いをカタログ上のスペックだけで理解するのはなかなか困難です。なぜなら、どちらもOSはWindowsを使い、CPUにIA(インテルアーキテクチャー)系のプロセッサーを採用するなど、基本的なコンポーネントが同じだからです。
ただ、PCワークステーションとビジネスPCは本質的な違いがあります。その辺りの違いをご理解いただくために、まずはワークステーションというコンピューターが、どのように進化と普及を遂げてきたのかについて簡単に触れておきます。
コンピューターの「ダウンサイジング」と「オープン化」の流れ
ワークステーションは、コンピューターの「ダウンサイジング」と「オープン化」の流れの中で登場したIT機器です。
ダウンサイジングとは、コンピューターのサイズを(性能を可能な限り落とさずに)小さくして、価格も安くし、よりパーソナルな利用を可能にしようというコンセプトです。かつて主流だった大型汎用機(メインフレーム)は、文字通り非常に大型で高価であったことから、多数の企業が共用して使うのが一般的でした。それを単一の企業、部門/部署、さらには企業内個人でも占有して使えるようにするのがダウンサイジングの考え方です。
一方のオープン化とは、メインフレームのようにメーカー独自のOSを採用するのではなく、業界標準のOSを使い、公開されたAPIを通じて自由にアプリケーションを開発できるようにすることです。この流れを生んだOSがUNIXで、1980年代にはUNIXはワークステーションの主流OSとなりました。また、ワークステーションは、研究開発やエンジニアリング用途のコンピューターとして、高い性能を求められていたことから、RISC(縮小命令セットコンピューター)がCPUの主流でした。
市場もこの動きに呼応するように、機械系CADや電気系CAD、グラフィックなど、オープンシステム環境で動作するアプリケーションが続々と登場しました。それに伴い、それまで紙の図面をもとに設計開発を行っていた多くのエンジニアが、コンピューターを使った設計開発へと転換し始めました。まさに「RISC+UNIX」ワークステーションが、時代の変革を促したのです。
ちなみに、Hewlett-Packard(当時、現HP)は1977年にコロラド州フォートコリンズ(現在のワークステーション事業部の拠点)に新たな事業所を構え、今から40年前の1982年、32ビットのスーパーチップテクノロジーを利用した最初のテクニカルコンピューター「HP 9000 500シリーズ」を発表しました。これは複数のプロセッサーを搭載する世界初のワークステーションといわれています。その後、1987年には大手システムメーカーとしては初めてRISCベースのプロセッサーをワークステーションに採用し、商用UNIXの標準化をはじめとするオープンシステム化と、コンピューターのダウンサイジングを加速させました。
「RISC+UNIX」がワークステーションの主流だった時代は約10年続きましたが、そこに新たな動きを巻き起こしたのが1996年にリリースされた「Windows NT 4.0」です。このOSの登場でIA系のコンピューターにグラフィック機能を搭載するという新たな流れが生まれました。当時はワークステーションメーカーがUNIXワークステーション用に自社開発したグラフィックカードをIA系コンピューター用に改良したり、サードパーティーベンダー製のカードを採用したりするケースもありました。HPも1996年に、「KAYAK(カヤック)シリーズ」というインテルCPU/Windows NTベースのPCワークステーションを発表しています。
拡張性、信頼性と安定性が要求されるPCワークステーション
「IA+Windows NT」を搭載したPCワークステーションは、研究開発やエンジニアリング、クリエイティブといった分野の業務に大きな変革のうねりを引き起こしました。
「RISC+UNIX」系ワークステーションの価格帯は数百万円と高額で、企業がエンジニア1人に1台の割合で導入するのは困難でした。故に多くの場合、「RISC+UNIX」系ワークステーションはCADルームなどの特別な設備内に設置され、設備内のワークステーションを使用できるユーザーも限定的でした。それに対して大幅に導入コストが下がったPCワークステーションは、高度なグラフィックコンピューティングのパワーを一気にパーソナルなものにしたといえます。
では、PCワークステーションとビジネスPCとの違いはどこにあるのでしょうか?
まずはスペック面での違いについて見てみましょう。デスクトップ型のPCワークステーションの上位機種では、サーバーと同等レベルの構成を組むことができます。CPUはサーバー用のCPU「インテルXeonプロセッサー」を採用し、メモリーもECC(エラー訂正機能)メモリーを搭載可能です。
また拡張性もビジネスPCとは一線を画しています。最新モデルでは、最大で24コアのXeonプロセッサーを最大2基搭載、メモリーも最大で3TBの構成が可能。20TBを超える大容量の内蔵ディスクや複数枚のPCIeカードを搭載することも可能です。
これだけの拡張性を持ったハイエンドのPCワークステーションになると、その使われ方もPCとは大きく異なってきます。
例えば、CPUやGPUを使って大量の計算を行うCAEやレンダリングにはPCワークステーションが使われます。この作業はPCワークステーションといえども長時間を要します。そこでエンジニアは、終業前にそのタスクを実行しておき、翌日の出勤時に結果を確認するといった作業をよく行っています。仮にそうした夜間のシミュレーション処理中にPCワークステーションが停止していたらどうなるでしょうか。あらためて就業時間中にシミュレーションを再実行せざるを得ず、その日の予定は完全に変わってしまいます。