米BEA Systemsという会社は、これまでお世辞にもマーケティングのうまい会社とは言い難かった。それでも1995年の会社設立からわずか10年という短期間で年間売上10億ドル企業にまで成長できたのは、TPモニター製品であるTuxedoや、アプリケーションサーバ製品であるWebLogicなどの優れた製品を持っていたからだ。つまり、これまでのBEAの成長を支えてきたのは“高い技術力”といえる。
しかし、さらなる成長を目指すBEAでは2005年6月に、新しいブランドアイデンティティである「Think liquid.(流動的に考えよう)」とそれを具現化する新しいサービスインフラストラクチャ製品群である「BEA AquaLogic」を発表。アプリケーションサーバベンダーからサービスインフラベンダーへと進化を遂げた。この戦略立案の中心となった人物が、2代目のCMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)であるMarge Breya氏だ。
BEAの「Think liquid.」は、たとえば液体がどのような器にでも形を変えて移し替えることができるように、ビジネスの変化に(液体のように)柔軟に対応できるITインフラを提供するというBEAのSOA(サービス指向アーキテクチャ)戦略。この柔軟なインフラを実現する製品がBEA AquaLogicだ。BEAではさらに、商用製品とオープンソースを組み合わせてソフトウェア開発の生産性を向上する「ブレンド・アプリケーション戦略」も発表している。
Breya氏は、「BEAの新戦略は、マーケティング部門だけの成果ではない。技術、営業、コンサルティングなど、社内のあらゆる部門の協力があってはじめて成功が期待できるもの」と話す。「ただし、CEOのAlfred(Chuang)も話しているとおり、今後は市場に対してより積極的かつ明確なアプローチが必要であり、CMOという役職が誕生した」とBreya氏は加えた。
BEAはこれまで、TuxedoやWebLogicなどの製品でカテゴリリーダーとしての地位を確立しているが、これはシステム開発者や技術者などの口コミのような形でBEA製品の有効性が広がったものといえる。しかしSOAのように、BEA製品だけでなく他社製品も含めた統合が必要な新しいカテゴリにおいてリーダーシップを発揮するには、「BEA自身がより積極的に市場に対してアプローチしていく必要があった」とBreya氏は話している。
「ソニーやアップルなどの企業は、高性能な家電製品やiPodなどのような高い製品ブランドでビジネスを推進している。このようなビジネスモデルは、ソフトウェアベンダーにおいても可能ではないかと考えていた。BEAは、非常に優れたソフトウェア製品を持っており、BEAブランドを十分に確立できると思っている」(Breya氏)
BEAブランドを確立するためには、これまでの技術的なユーザーコミュニティに対するアプローチだけでなく、よりビジネス的なユーザーコミュニティに対するアプローチへと取り組みを拡大していかなければならない。そのためには、ユーザーに対してBEAという企業ブランドをいかに浸透していくかが非常に重要な鍵となる。そこで生まれたのが、「Think liquid.」という新たなブランドアイデンティティだった。
インフラに注力することがBEAの強み
現状におけるBEAの優位性についてBreya氏は、「フォーカスが明確なこと」と話している。
「ユーザーから、BEAはデータベースもアプリケーションも製品として持ってないのにどのように(OracleやMicrosoftなどと)勝負するのか、と聞かれることもある。しかし、データベースやアプリケーションを持っていないことこそがBEAの強みだ。BEAは、ミドルウェアにフォーカスすることで、どんなデータベースでも、どんなアプリケーションでも、しがらみ無くサポートすることができる。これによりユーザーの選択の幅が非常に広くなる」(Breya氏)
Breya氏が言う“持たない強み”は、システム開発の現場だけでなく、CEOやCIOなどの経営層にもメリットをもたらすことができるという。ユーザー企業は、すでにITインフラに多大な投資を行い、多くのソフトウェア資産を持っており、「BEAのサービスインフラ製品を使用することで、既存のソフトウェア資産を無駄にすることなく、有効に再利用することができる」とBreya氏は話している。
その一方で、アプリケーションを持たないということは、BEAのインフラ上で稼働するアプリケーションやサービスを、数多くのISVパートナーと協力して開発し、提供することが必要になる。「BEAでは、これまでにもTuxedoやWebLogicで多くのパートナー企業と協業してきた実績がある」とBreya氏。
「たとえばOracleやSAPも、アプリケーションサーバ分野では競合だが、アプリケーション分野ではパートナーでもある。それぞれの分野で最も強いパートナーと協力していくのがBEAの戦略だ」(Breya氏)
「特に日本市場においてパートナーシップは重要になる」とBreya氏は話している。2005年に世界5カ国で開催された「BEA eWorld」においても、最もパートナー企業の出展数が多かったのが日本のカンファレンスだった。
「Think liquid.」という企業ブランドは、今後のBEAにとって重要な戦略のひとつとなることは間違いない。しかしBEAの最大の強みといえるのは、やはり高い技術力であり、優れた製品だ。2005年12月にCTOに就任したRob Levy氏は、BEAの今後の製品開発の方向性について次のように語る。
「BEAは、常に革新的でありたいと考えている。この考えは、Tuxedo、WebLogic、AquaLogicのいずれの製品でも変わらない。すでに持っている製品は強化し、必要な製品は新たに開発していくことになる。新製品の開発については、標準技術に準拠していくということは明確だが、開発するか、買収するかは、そのときになってみないと分からない」(Levy氏)
Levy氏は、「革新的な技術により包括的な製品群を提供することで、ユーザーが抱えている問題を解決し、目指している究極の目標に到達するための支援をしていきたいと思っている」と話している。
2006年の取り組みについてBreya氏は、「もちろん市場に対していろいろなアプローチを行っていかなければならないが、BEA自身にも刺激を与えて行かなければならないと考えている。CMOの仕事とは、“ビジョン”を“アクション”に変えていくことであり、これは社内においても社外においても同じだ」と話す。
CMOに求められる成果をBreya氏は、「株主価値の向上、ユーザー価値の向上、パートナー価値の向上、そしてBEAの価値向上の4つ。このうち、ひとつでも実現できていないとすれば、それは私自身がCMOの仕事をまっとうしていないということだ」と話している。