ITは社会のあらゆるところで、これまであったものを変革している。携帯電話によってコミュニケーションのスタイルは変化し、生活の行動パターンもかなり変わってしまっている。企業でもERPパッケージ(統合業務パッケージ)の導入を機に、業務プロセスを見直すことで、仕事のやり方が大きく変わることは珍しくない。
そして、ITは“働く”ことの意味を、あるいは会社や団体という“職場”の意味を大きく変えようとしている。決まったデスクとイスに座るのではなく、その日によって自由にデスクとイスを決められる「フリーアドレス」である。
ITベンダーでも、フリーアドレスを構成する無線LAN機器や関連システムを企業に販売するために、自らフリーアドレスを導入している企業がある。その効果を検証し、得られた情報を製品開発やシステム構築にフィードバックしている。フリーアドレスを実践するITベンダーの状況から、フリーアドレスがどのように働く現場を変えつつあるのかをまとめる。
よりクリエイティブなワークスタイルに
通信建設業の日本コムシスは、2004年8月にフリーアドレスを導入している。この時は16人を対象にしたスモールスタートで始めている。それから2004年12月にワンフロアの一部門の一部分を対象に、具体的には83席、人数にして115人を対象にしていた。現在では、ITビジネス事業本部の約550席、700人がフリーアドレスで働いている。
フリーアドレス(同社ではフリーオフィスとも呼んでいる)を導入した目的を、ITビジネス事業本部ソリューション部ITコンサルティング部門担当課長の池上準一氏は「ワークスタイルを変革することで、生産性やモチベーションを向上させようと思った」と語る。「ワークスタイルをよりクリエイティブなものにして、知識創造型の働き方にしようとした」(同)。
フリーアドレスが企業にもたらすメリットのひとつに、職場スペース(面積)の有効活用が挙げられる。日本コムシスの場合もフリーアドレスにしたことで「スペースの削減効果というメリットは確かにある」(同)が、しかし、「それは結果でしかなく、スペースの削減効果は目的ではなかった」(同)という。
インフォーマルなコミュニケーションが増える
日本コムシスは元々、NTTから発注される通信設備工事を施工する通信建設業だ。しかし今後予測されるNTTから発注される工事量の減少に従い、日本コムシスは新たな収益源を求めざるを得なくなってきている。そこで現在日本コムシスは従来の通信建設のほかにも、情報システムのインフラやネットワークなどの基盤構築、システムインテグレーション、アプリケーション開発などを手がけるようになっている。
こういったビジネスを展開するにあたり、日本コムシスでは「インフラやシステムの仕様も含めて自分たちで考える必要が出てきた。またビジネスの目標自体も自分たちで考えなければならなかった」(ITビジネス事業本部ソリューション部ネットワークソリューション部門担当部長の大石雄司氏)という局面に突入することになったのである。その時「今までのワークスタイルを変えなければならない」(大石氏)ことから、“働く場”も含めて意識を変革させるために、フリーアドレス導入を決定したのである。
大石氏によれば、フリーアドレスにしたことで「場が大きくガラッと変わったことで、そこで働く人間の意識も変わってしまった」という。実際に導入してから大石氏は、そのメリットについて「会議や報告会などに代表されるフォーマルなコミュニケーションではなく、インフォーマルなコミュニケーションが増えている。場所にこだわらず打ち合わせができることから、顧客からの急な問い合わせにも対応しやすくなっている」と証言する。
デュアルフォンを導入
同社ITビジネス事業本部のフリーアドレスは、4人がけデスクが基本単位となっており、直線的にではなく、斜めに配置されている。従業員は配布されたノートPCを持ってデスクに座ることになる。従業員1人ずつに無線LANとIP電話のデュアルフォンである「N900iL」が配布される。社外から個人あてにかかってくる電話はこのデュアルフォンで対応する。また、部署の代表番号あてにかかってくる電話は、デスクに置かれた固定のIP電話端末で受ける。
これらのシステムを支えるのが、無線LAN機器と同社が開発しているIP電話システム「comsip」(コムシップ)である。comsipは、IP電話の標準プロトコルであるSIP(Session Initial Protocol)に対応している。SIPに対応していることから、PCのソフトフォンから電話をかけられる。なお、PC上にまとめた連絡先のデータを利用することで、いちいち電話端末のボタンを押さなくても、たとえばLotus Notes上にある電話番号データをクリックすれば電話をかけることができる。