「世界三大がっかり」と言えば、シンガポールのマーライオン、ベルギーの小便小僧、そしてデンマークの人魚姫である。どれも、それなりのがっかりさで期待を裏切らないが、そのセッティングの寂しさという点では人魚姫が群を抜く。
その人魚姫が上海万博での展示のために世界へ旅立つという。が、デンマークで世界的に有名であり、かつがっかりしないのは、デンマークの「知的資産マネジメント」戦略である。
デンマークの科学技術省訪問
デンマークへ行ったのは数年前のこと。それは、世界三大がっかりを制覇するために人魚姫を見に行ったのではない(結果的には制覇したが)。デンマークの知的資産マネジメント戦略を理解するために、デンマークの科学技術省とでも呼べばよいのか、「Ministry of Science, Technology and Innovation」を訪問するためであった。
前回取り上げたアイルランドは人口が400万人程度であったが、デンマークも人口は500万人程度の小国である。それ故に、その国は土地の広さや人の多さではなく、その知力を活かして生き残る必要がある。
そのデンマークが2002年から2003年にかけて不況に陥った際に、先の科学技術省が主導して取りまとめたのが「Intellectual Capital Statements - New Guideline」(New Guideline、PDFファイル)であった。
デンマークの知的資産マネジメント戦略
これは何を目指したものかと言うと、企業がアニュアルレポートなどを作成するに際し、単に財務諸表のみを作るのではなく、企業の知的資産の状況についても公表することを促すものである。当時デンマークは不況下にあったため、企業は当然ながら財務状況が悪い。
その状態では当然金融機関からも市場からも資金調達をすることが困難であるから、景気は一向に良くならない。そこで、企業の過去を映した財務状況ではなく、これからの成長余力に目を向けさせるために“知的資産”の公開を促したのである。
ここで言う“知的資産”とは、特許などの狭義の知的財産ではなく、より広く経営者の質であるとか、社員の能力であるとかまで含むものである。具体的には、その企業が経営上重視する資質、たとえば「技術力」「生産性」「顧客サービス」などを具体的に挙げ、それを向上するためにどのような施策を講じていて、その効果測定指標が何であるかを具体的に示す。
そして、その経年変化をしっかりと見せていくことで、企業としての実力が着実に付いていることを見せるのである。そして、これはいずれ財務データとしても現れてくるはずのものなのだ。
New Guidelineは、そうした知的資産レポートとでも呼ぶべきものをどのように作成するべきなのかを具体的な例とともに解説するものである。
今でも、このドキュメントは入手できる一方で、私がデンマークを訪れた際にはすでに知的資産レポートは、その活用を通じて役割を果たしたということで、その作成チームは解散しており、当時の担当者から話を聞くことができた。また、Copenhagen Business School(CBS)においても知的資産の活用に関わる研究が行われている。
日本にも知的資産マネジメント戦略を
知的資産のような表に出ない経営力のマネジメントは、実は日本も得意な世界である。暗黙知に注目した野中郁次郎氏のSECIモデルはあまりに有名である。
しかるに日本の経済の状況を振り返ると、知的資産に注目するよりも、とりあえず支払いを繰り延べて何とかしのぐという方向に進んでいるところが残念である。私も日本が本来得意とする知的資産経営を根付かせるよう貢献したいと考えている。
筆者紹介
飯田哲夫(Tetsuo Iida)
電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。1992年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。