アカデミー賞から読み取るアメリカの光と影--エリック松永の英語道場(46)

エリック松永 2010年04月02日 08時00分

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 この時期になるとどうしてもお話したくなってしまうのが、世界の映画ファンが注目するAcademy Awards(アカデミー賞)、通称Oscar(オスカー)です。2009年に開催された第81回は、最多13部門にノミネートされたBrad Pitt主演の「The Curious Case of Benjamin Button(ベンジャミン・バトン 数奇な人生)」を圧倒し、英国のDanny Boyle監督の「Slumdog Millionaire(スラムドック$ミリオネア)」が8部門を受賞したのは記憶に新しいですよね。大スターBrad Pittの魅力を堪能できる作品に対し、地味な内容だったSlumdog Millionaireの圧勝に疑問を感じた方も多かったのではないでしょうか。

 2010年3月に開催された第82回のAcademy Awardsも、日本人には理解しがたい結果となりました。Academy Awardsを通して、もうひとつのアメリカの姿を見てみましょう。

「アバター」を制した「ハート・ロッカー」

まつながみか イラスト: まつなが みか

 第82回のAcademy Awardsで注目されたのは、「Titanic(タイタニック)」が持っていた映画史上最高の世界興行収入記録を塗り替えた「Avatar(アバター)」のJames Cameron監督と、イラクを舞台にした問題作「The Hurt Locker(ハート・ロッカー)」のKathryn Bigelow監督の一騎打ち。この2人は元夫婦ということもあって妙な盛り上がりも見せましたが、結果としては、最高の名誉であるBest Picture(作品賞)をはじめとする6部門をThe Hurt Lockerが受賞しました。Kathryn Bigelow監督のDirecting(監督賞)は、女性監督としては初の快挙です。一方のAvatarは、技術系3部門の受賞に終わるという結果でした。

 スクリーン数が増加しているにもかかわらず、興行収入の伸びに悩む映画業界。こんな厳しい時代にAvatarは、それまでの興行収入で圧倒的1位だったTitanicの18億4300万ドルをすでに大きく抜き、26億8490万ドルを記録しています(Box Office Mojoより)。この記録はさらに伸びるでしょう。中でも注目すべきは3Dという新しい世界に挑戦している点で、今までに経験したことのない迫力ある3Dの世界が体験できます。3Dは映画市場だけではなく、テレビ、DVD(Blu-ray Disc)、ゲームといったほかの市場にも影響を及ぼすキーとなる技術で、3Dの素晴らしさを一般に広げたAvatarの功績は大きいものです。そんな中、なぜThe Hurt Lockerなのでしょう。

 The Hurt Lockerはイラク戦争を題材にした映画です。これまでの戦争映画といえば、ベトナム戦争を題材にしたものが印象的です。Oscar受賞作品で私の好きな作品を挙げると、ベトナム戦争で深い傷を負った帰還兵の悲劇と友情を描いた「The Deer Hunter(ディア・ハンター)」(第51回に5部門を受賞)、初めて戦争を批判的に描いたとも言われる「Apocalypse Now(地獄の黙示録)」(第52回に2部門を受賞)、真のベトナム戦争を描いた衝撃作「Platoon(プラトーン)」(第59回に4部門を受賞)、ベトナム生還兵の悲劇の生涯を赤裸々に描いた「Born on the Fourth of July(7月4日に生まれて)」(第62回に2部門を受賞)などですが、時の流れで戦争の悲劇はベトナム戦争から次の戦争へと移っていきました。というよりも、現在でもアメリカでは同じような戦争の悲劇が続いていると言ったほうが正しいかもしれません。

 The Hurt Lockerは、Avatarのように膨大な制作費を投じた大作ではありません。撮影もハンディカメラ4台を同時に回すという手法で、1000万ドル以上の費用を小型3Dカメラの開発にかけたAvatarとは対照的です。しかし、映像の臨場感たるや戦場カメラマンが命がけで撮影した映像そのもの。自分が現場に閉じ込められたかのような錯覚は、3Dとは違ったリアリズムを感じさせます。公開時は4館からスタートしたということも、今思うと驚くべき事実です。

 The Hurt Lockerとは、どんな意味なのでしょうか。「Hurt」は傷ついたもの、「Loker」は箱ですよね。この映画ではイラク戦争に従事する爆弾処理班に焦点をあてており、Hurt Lockerとは爆弾でバラバラになった兵士の遺体を収める小さな箱のことを意味しているのです。イラク戦争では、2010年1月で4375人のアメリカ軍兵士が亡くなっており、その中でも最も死亡率の高い仕事がこの爆弾処理班です。この仕事にスポットを当てることにより、生きることの意味、戦争の意味を問うているのがThe Hurt Lockerだと私は感じました。

戦争に対するアメリカ人の思い

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