エクスペリエンスレイヤを握るということ

飯田哲夫(電通国際情報サービス)

2010-04-27 08:00

 Appleが「iPhone OS 4.0」向けに「iPhone Software Developer Kit」ライセンスの規約を変更し、AdobeのFlashなど複数プラットフォームでの稼動を想定した開発ツールが利用できなくなる可能性が高まった。これを受け、AdobeがiPhone用Flashの開発を中止したと報じられた

 これは企業間の争いという見方もできるが、Flash Playerの市場浸透率が99%であることを考えると、単なる企業間競争として看過するわけにはいかない。これは、デファクト化した標準を無力化し、新しい標準を確立しようという意志である。

Appleは何故ここまで強気なのか

 Appleは、市場浸透率99%のFlashを何故無視することができるのだろうか? Flashが動かないことによって、非常に多くのコンテンツがiPhoneでは見ることができなくなり、ユーザーにとっては甚だ不便なはずである。ある業界標準がiPhoneでは無効化され、特定のサービスや機能が使えなくなるのである。Appleがそれを無視できるのは、Appleの強みは必ずしも、そのデバイスの機能やサービスに限定されないからである。

 Appleがここまで強気であるのは、iPhoneの持つ機能やサービスではない。その基本機能はこれまでも実現されていたものが中心である。むしろ、Appleが強気であるのは、Appleがエクスペリエンスレイヤを握っていること、つまりそのユーザーインターフェースであり、それがApp Storeと組み合わさった時のデバイスの進化であり、それがエンターテインメントのプラットフォームに進化したときのライフスタイルの変化をユーザーに体験させたことにある。

 つまり、Appleが勝負したのは機能ではなく、サービスでもなく、それらが総合されて初めて実現されるユーザーエクスペリエンスなのである。

顧客が喜んで囲い込まれる世界

 従って、同様の機能、同様のサービスがあれば、Appleと対抗できるということではない。前回(「囲い込みは悪か?--iPadの好調で考える」)述べた通り、ユーザーが進んで囲い込まれることを望むユーザーエクスペリエンスがあるからこそ、顧客を独自性が高いプラットフォームへ囲い込むことができるのである。

 プラットフォームを握ることの重要性が喧伝されるが、まず握るべきレイヤはユーザーエクスペリエンスである。さもなくば、誰も乗らないプラットフォームがただできあがるだけである。

 我々はITビジネスの競争環境を見るとき、スタンダードやプラットフォームなど、より低いレイヤ、つまりより多くのものを包括できるレイヤを獲得することを重視してきた。

 しかし、このレイヤは市場を寡占することへの意志とは直結するが、顧客からは最も遠いレイヤであることを忘れてきた。一方のAppleが注視したのは、顧客に最も近いレイヤであるエクスペリエンスレイヤである。そこを握った上で、プラットフォームへ降りてきたから強いのである。

筆者紹介

飯田哲夫(Tetsuo Iida)
電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。1992年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。

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