「隕石みたいなん」は、そりゃないぜ──電機メーカー「ソフトウエア嫌い」の系譜

星 暁雄

2012-07-06 15:12

最近、日本経済新聞電子版に掲載された中村邦夫パナソニック前会長の言葉に、私はある衝撃を受けました。そして思い出したことは、日本の電機メーカーでの伝統的なソフトウエアの軽視、というより「ソフト嫌い」の伝統です。

この言葉が出てくる記事は、2012年7月2日掲載の「『さらばパナソニック』知られざるカリスマの胸中」です。経営の第一線を退く中村邦夫前会長へのインタビューに基づく記事で、その中にこんな言葉が出てきます。

僕はね、電機業界にはITという隕石(いんせき)みたいなんが落ちてきたんやと、今でもそう思うとるんですわ。

この言葉は、三洋電機の買収(2008年〜2009年)の是非に関する文脈の中で出てくる言葉です。そして、次のように続きます。

ライフスタイルも何もすべてを変えてしまったからね。デジタル化の波が急激にやってきて、われわれのようなメーカーは、さてどうするかと考えねばならなくなった。

ここで発言者である中村氏の心中を察するに、おそらく、三洋電機という会社を買収を決断した当時の不安定な状況、時代が変化して既存ビジネスが破壊されていく様子、それら一切合切を含めて「隕石みたいなんが落ちてきた」と表現しているのでしょう。

そういう諸々を想像して、当事者が抱いているであろう気持ちもある程度は察した上で、やはり私はこう言いたい。

「家電のデジタル化は何十年も前から分かっていたこと。『隕石みたいなん』は、そりゃないぜ!」と。

私が1986年から1990年まで所属していた『日経エレクトロニクス』の主な読者は、電機メーカーの研究開発エンジニアでした。彼らに向かって、デジタルとは、ソフトウエアとは、ネットワークとは、という話を私たちは延々と書いていたのです。

『日経エレクトロニクス』誌では1970年代から「アーキテクチャ」の重要性、ソフトウエアの重要性を繰り返し取り上げていました。コンピュータメーカーの技術者と互角以上に技術を語り合える、すごい先輩達が大勢いました。IBMのメインフレームOSのアーキテクチャ、IBMのネットワーク体系(SNA)、RISCプロセッサ、オブジェクト指向プログラミング、関数型プログラミング、論理型プログラミング、UNIXの動向、マイクロカーネルOS、TCP/IP上の分散コンピューティング、そうした知識を、「学会誌より早くて詳しい」と言われるようなタイミングで読者に提供していたのです。

しかし、電機メーカーの技術者の多くは、コンピュータ寄りの話を伝統的に嫌っていました。読者からのアンケートで「そういう記事は読まないから不要」というコメントがよく付いていました。私は一時期UNIXの記事を集中的に書いていたのですが「UNIXのようなくだらぬ流行を取り上げるのはやめよ」という投書をもらったことがあります(当時追いかけていた「次世代UNIX」の話は自分のBlogでも取り上げたことがあります)。

こうした「ソフト嫌い」の系譜は、延々と電機メーカーの中では続いていたのだと思います。

デジタル化に伴う変化は、ずっと前から分かっていた

冒頭で紹介した「隕石みたいなん」という言葉には、地球の外から来たような「わけのわからんもん」、つまり家電のデジタル化に伴うあれこれが、自分達のビジネスを壊してしまった、という気持ちが如実に出てます。

しかしながら、家電のデジタル化と、それに伴う諸々の変化、特に産業構造そのものが、綿密なすりあわせが必要な「インテグラル型」から、外部調達可能な部品を組み合わせた「モジュール型」に移行すること、そしてソフトウエアの重要性が高まること、こうした諸々の事柄はさんざん議論されていたはずです。

デジタルの時代には、製品の内部は、外部調達が可能な部品を組み立てればよい。そこで競争力を発揮する方法は、いくつかあります。(1) キー・デバイスを押さえる。例えば、パナソニックもシャープも、自社にしか作れないような高画質・大画面のプラズマディスプレイなり液晶パネルなりを優位性としようとしましたが、今やこの戦略だけでは勝てないことが分かってしまいました。コモディティ化が進み、ディスプレイデバイスを付加価値の源泉とすることが難しくなってしまったのです。(2) 外装デザインやユーザー・インタフェースで差別化する。美しく独創的なデザインの家電で知られたB&O(バング&オルフセン)や、最近のAppleが採用している戦略です。(3) ネットワークを活用したサービスを組み込む。この戦略ではiTunes Store/App Storeが最も成功しています。Amazon Kindleも、サービスを統合した製品として見事な企画といえます。

こうして見ると、デジタルの時代に起こる大きな変化は、「ソフトウエアの役割」の変化です。もはやキーデバイスでは差別化が難しいとなると、ソフトウエアの優位性を確保しなければ、製品としての魅力を打ち出しにくいことは自明です。

「ソフトは部品」の考え方から脱出しなければ

実は、家電製品には、何十年も前からソフトウエアが入っていました。アナログのVTR(ビデオテープレコーダー)など、ある程度大規模な家電製品にはマイクロコントローラ(要するに「小さなコンピュータ」です)が入っていて、そこでソフトウエアが動いていました。だから、電機メーカーの人たちは「ソフトウエアなら前から作っている」と思っていたのです。

本質的な違いは、その以前から作ってきたソフトウエアとは、あくまで特定の範囲の機能を提供する「部品」でしかなかった、ということです。

家電業界では、「部品屋」と「セット屋」は立場がまったく違います。部品屋は、セット屋から降ってくる無理難題を聞かないといけません。この文化の違いは、ソフトウエアにも適用されていました。

さて、ある段階で、家電におけるソフトウエアは、単なる「部品」ではなくなりました。ソフトウエアが、ただの部品ではなく、むしろ中核技術となったのです。

半導体や液晶パネルなど、部品がコモディティとなり外部調達が容易になるほど、それらの部品群を「システム」として統合するためのソフトウエアの重要性が高まります。また、ソフトウエアが大規模化するに従って、その規模に耐えられるような構造と設計──つまり「アーキテクチャ」の必要性が増大します。アーキテクチャは、長い時間をかけて育て行くソフトウエアを開発するには決定的に重要となります。このあたりは、コンピュータの世界での常識です。

だが、この常識はなかなか電機メーカーには浸透しなかった──ソフトウエア屋の地位は、ずっと「部品屋」のままだった。その結果が、冒頭の言葉「隕石みたいなん」に集約されているように思います。

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ZDNet Japan編集部:本稿は星暁雄氏によるブログ「ITジャーナリスト星暁雄の"情報論"ノート」のエントリ「『隕石みたいなん』は、そりゃないぜ──電機メーカー『ソフトウエア嫌い』の系譜」からの転載です。

星暁雄氏:ITジャーナリスト。イノベーティブなソフトウエア全般に関心を持つ。日経BP社で記者、編集者として活動後、独立してインターネットサービス開発に取り組む。現在は取材執筆を中心に活動。スマートフォン/スマートデバイス、Android、Javaテクノロジ、未来のメディアのアーキテクチャに関心を持つ。

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