6月17日の日本経済新聞に載っていた「バキュロウイルス」というウイルスの話がどうにも頭から離れない。
これは、恐ろしいウイルスで、昆虫の幼虫に入り込むと、その中で増殖し、さらにはその幼虫の遺伝子を乗っ取って、宿主を木の上の方へ上の方へと登らせる。ついに、その幼虫は木の先の方で、ぶら下がって死んでいるのが見つかるのだという。
ウイルスが自らを高いところから飛散させたり、鳥に食べられ易くするためであると言う。生物の生存戦略の多様性には常に驚かされるが、寄生した相手の遺伝子を乗っ取り、その行動をコントロールして、最後には死に追いやるとは、尋常ではない恐ろしさである。
生物の進化とビジネス戦略
ところで、生物の生存競争には、ビジネス戦略を考える上で参考になるものが多い。むしろ、その命を懸けた変化への適応力は、まさにビジネスにおいて求められているものと変わらない。
例えば、他社との補完関係を構築することをビジネス戦略とする「コーペティション」という概念は、経営学の文脈で明示的に取り上げられたのは1990年代のことだ。しかし、生物学においては共生という形で、幾多の例がある。
早く走ったり、空を飛んだり、夜目が効いたり、差別化戦略には考えられないほどのバリエーションがある。もちろん、食事がとれないときにじっと冬眠で耐え忍ぶローコスト戦略も存在する。
ライオンのようなリーダー戦略を取るものもあれば、ハイエナのようにフォロワーに徹する生き方もきちんとある。そして、不思議な進化を遂げて誰も住まないところで栄えるブルーオーシャン戦略もお手の物である。
現在考えうるあらゆる経営学の理論は全て動物の生存戦略の中に見出せると言っても言いくらいである。こうした進化をビジネスにおいて模するのが、ベンチャーキャピタルのような、様々な突然変異を許容するリスクマネーであるが、生物が辿って来た時間軸から考えれば、ビジネスの進化は比べ物にならないくらいの短い期間のことでしかない。
バキュロウイルスのマーケティング戦略
では、さっきのバキュロウイルスの戦略、今のビジネスで言うと何だろう? 情報の拡散という点においては、マーケティング戦略の一種と言える。
自らの遺伝子を拡散させるという点では、自らが動けない植物にいろいろな工夫が見られる。例えば、カタバミみたいに、種を四方八方にはじけ飛ばしたり(この映像見るとすごいです)、タンポポみたいに種子そのものを空へ飛ばしたり。
自助努力で情報を拡散するのはメディアを通じた広告にも似るが、進化の凄さは、自分でやるのではなくて、他者の力を使うところ。これは、口コミやソーシャルメディアを通じた情報拡散に近いものがある。
種子の表面をイガイガにして側を通る動物にくっつかせたり、鳥に実を食べさせて種を遠くへ運ばせたり。進化でそこに至るというのは、本当に大変な道のりであるが、それを真似できる我々は幸せである。