『グランズウェル ソーシャルテクノロジーによる企業戦略』というソーシャルテクノロジーの企業戦略への適用を論じた本がある。ここで言うソーシャルテクノロジーとは、SNSやYouTubeなどのオンライン技術をベースとしたソーシャルメディアを指し、「グランズウェル(groundswell)」とは、「波のうねり」や「世論の高まり」などを意味し、ここではソーシャルテクノロジーがもたらす大きな社会的変化とでも捉えれば良いだろう。
『グランズウェル』の筆者(Forrester Researchのアナリスト)は、「グランズウェルでは関係がすべてだ。人と人がつながり、コミュニティーを作る。その形がバランスを変えていく」と述べている。つまり、重要なのはテクノロジーではなく人であるということだ。至極最もだと思うし、ソーシャルテクノロジーの主役はプラットフォームとしてのテクノロジーではなく、そこでリレーションを構築する人である。
一方、米国のインタラクティブエージェンシーであるRazorfish(レイザーフィッシュ)が今年3月に発行した『digital outlook report』において、ソーシャルテクノロジーの主役は、テクノロジーでもなく人でもなく、「ソーシャルオブジェクト」であるという「ソーシャル・オブジェクト・セオリー」なるものを紹介していた。このセオリーのもともとの提唱者は、Jyri EngeströmというGoogleのプロダクトマネージャーである。
ここで言う「ソーシャルオブジェクト」とは、Flickrにおける「写真」であったり、YouTubeにおける「ビデオ」であったり、FacebookにおけるFacebookアプリであったり、オンライン上で共有したり議論したりできる対象となるものを指す。Jyriは、活性化するソーシャルネットワークと活性化しないソーシャルネットワークの違いを考えるとき、ソーシャルメディアを人と人の関係性としてのみ捉えるのではなく、ソーシャルオブジェクトを中心とした関係性で捉える(“object centered sociality”)ことが重要である主張する。Jyriがブログの中でこう述べている。
The fallacy is to think that social networks are just made up of people. They're not; social networks consist of people who are connected by a shared object.
つまり、ソーシャルネットワークとは単なる人の集まりではなく、何らかのソーシャルオブジェクトでつながった人々の集まりであるということがポイントなのである。SNS上でつながっていく人が増えていくのは面白いが、そのネットワークに良く知らない人まで加わりはじめたとき、ふと、一体このネットワークは何だったんだろうと気持ち悪くなる瞬間がある。その時、我々はそこにソーシャルオブジェクトが存在していないことに気付き、そのネットワークへの関心を失ってしまうのである。
ソーシャルメディアの運営者にとって、また、ソーシャルメディアを活用したマーケティングを仕掛けるマーケターにとって、ソーシャルオブジェクトとは何か、その特性は何か、またどうやれば新しいソーシャルオブジェクトを作り出せるか、というのはとても大切なテーマとなるだろう。
今年の1月にバーガーキングが展開した「Whopper Sacrifice」キャンペーンは、二重の意味で面白い。この大成功だったキャンペーンは、Facebook上の友達を10人削除することで、Whopperを1つ無料でもらえるというもの。それ専用のFacebookアプリをダウンロードしてキャンペーンに参加する。これが何故二重の意味で面白いかというと、1つはキャンペーンそのものが「ソーシャルオブジェクト」として見事に機能したこと。もう1つは、ソーシャルネットワークの負の側面とも言える、「ソーシャルオブジェクト」のない人と人のつながりに我々を気付かせたことである。
筆者紹介
飯田哲夫(Tetsuo Iida)
電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。92年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。
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