サイバー攻撃の急増が世界的に深刻化し、対応方法も変化し始めている。ブロックすべき攻撃者を事前に定義する「シグニチャ型」の限界が指摘され、不正な侵入を検知するIDS(Intrusion Detection System)や不正侵入を防御するIPS(Intrusion Prevention System)、サンドボックスなどさまざまな解決策が提示されている。最近になり、特に注目を集めているのが、機械学習や人工知能(AI)を用いた対策ソフトウェアである。
沖縄の沖縄科学技術大学院大学(OIST)は今回、シグネチャ型のアンチウイルスソフトウェアから、機械学習、AIをベースにしたアーキテクチャの異なるセキュリティ基盤への移行を決めた。
OISTのCIOオフィスで最高情報セキュリティ責任者を務める永瀬啓太氏
OISTのCIOオフィスで最高情報セキュリティ責任者を務める永瀬啓太氏は「マルウェア対策の強化に当たり、複数のソフトウェアを公平な環境でさまざまな角度から検証した」と話す。
OISTは沖縄の自立的発展と世界の科学技術向上に寄与することを目的に、2011年11月1日に設立された。国からの財政支援も受ける5年一貫制の博士課程を置く大学院大学で、現在35の国と地域から134人の学生が在籍している。公用語は英語で、研究員の半数以上を外国人が占めており、学生は最先端の研究機器を利用しながら研究できる。
生物学、物理学や化学など、さまざまな分野の間に壁をつくらず、融合によって新しい研究成果を目指している。その活動を基盤で支えるのが、インターネット環境をはじめとした情報システムの仕組みだ。重要な資料の情報漏えいリスクがなく、安心して研究に没頭できるIT環境が不可欠となってくる。
学術機関へのサイバー攻撃は多く、あらゆる攻撃の4割を占めるとのデータもある。OISTでも、以前からUSB経由でマルウェアに感染するケースがたびたびあった。2016年もランサムウェアへの感染が2件発生し、4、5月には標的型メール攻撃とみられるメールを受信した。
アンチウイルスソフトを導入済みのPCで、アドウェアなどの感染ケースが複数発生したことなどから、永瀬氏は「既存のアンチウイルスソフト検知率が十分でない」との結論に至った。エンドポイントに対するセキュリティリスクの高まりから、セキュリティ対策ソフトウェアの見直しに取り組むことを決めた。
決め手はマルウェアからの保護品質
最も重視したのは、マルウェアからの保護の品質という、最も基本となる性能だった。また、PCに負荷を掛け、研究活動の妨げになってはいけない――「余計な機能を含まず、インストールファイルのサイズが相対的に小さいものを採用する」。
永瀬氏は、複数のセキュリティソフトを比較するための細かい検証の実施に移った。2016年9月中旬から始め、それまで利用していたソフトウェアを含め、複数の大手ソフトウェアに、それぞれ50種類のマルウェアサンプルを用いてスキャンテストを行ったという。
すると、検証したシグニチャ型のソフトウェアのうち、1つのソフトウェアは2件のマルウェア検知に失敗。もう1つのソフトウェアは、4つのマルウェアを検出できず、ランサムウェアの実行をブロックできなかった。この時点で、後者については「検証対象セキュリティソフトウェアのリストから外すことにした」と話している。
最近は、機会学習、AIと呼ぶセキュリティ対策を打ち出す企業が出てきている。永瀬氏は、その一つに米Cylanceのソフトウェアをリストアップしていた。
特徴は、マルウェアの構造自体をAIが理解するため、事前に定義されていない未知のものだとしても、“マルウェアらしい”と判断し、検知できる点にある。まだ世の中に登場したことのないマルウェアを偶然みつけたとしても、その構造を参照し、マルウェアらしさを判定できるという。
OISTの正面玄関から続く長い廊下にはOISTによるさまざまな研究成果が紹介されている