Rethink Internet:インターネット再考

テクノロジーにおける「開発意図」と「使用用途」は一致しない - (page 2)

高橋幸治

2018-04-07 07:30

エジソンは蓄音機を音楽再生メディアとして定着させたくなかった

 音楽学者の細川周平氏も『レコードの美学』(勁草書房)の中で、前述のエジソンの蓄音機の用途10項目を挙げつつ、以下のように書いている。

 重点はやはり量産的な複製ではなく保存に置かれている。そして音楽ではなく声に、娯楽ではなく実生活に、私的な利用ではなく公的な事業に置かれている。発明の経緯からいってそれは声を貯える道具であり。ことに上司、政治家、教師、時報など、力を握って生活を制御する人々の声の保存と浸透に関心が向けられていた。始め彼がフォノグラフを販売せず、オフィスにレンタルしていたことも、彼が社会事業に役立つ発明をモットーにしていたことと関わる。彼の技術的想像力に音楽の複製がはいる余地はあまりなかった。(中略)むしろ技術を作りだす人間の想像力がそれを実現させる社会的・文化的条件をそろえる。彼が音楽にあまり関心のなかったことは事実だが、自分の発明が娯楽に利用されることに対して軽蔑の目を向けていたことが(彼は敬虔なピューリタンだった)、自分の発明の可能性の中心を見逃す結果となった。


音楽学者である細川周平氏の『レコードの美学』(勁草書房)。音楽の産業の初期形態であった「レコード」というメディアを軸に、聴覚芸術全般をあらゆる角度から考察した大著にして名著。人間と音楽、そしてテクノロジーを考える上で不可欠な一冊

 エジソンはあくまでも蓄音機=「声」の記録メディアというコンセプトにこだわった。しかし、「社会実装」の過程で同テクノロジは彼が軽んじていた音楽という芸術の再生メディアとして自身の役割を確立していく(後年、エジソンはこれを「予想通りだった」と苦し紛れに語っている)。開発された技術がどんな代物として世の中に定着していくのか、既存のどんな要素と結びついて化学反応を起こすのか、やがてどんな方向に機能を拡張していくのか……、それを決定するのは往々にして開発者ではない。

 テクノロジの行方を左右するのは同時代の社会、経済、文化などの諸条件であり、それらが複雑に絡み合った時代の状況であり、そして、同時代に生きる人々の意識せざる欲望である。「社会実装」が困難であるのはまさにこの「ひとまず市場に投入してみなければわからない」という不透明性と不確実性のためであり、とりわけ、人工知能やIoT、VR、ウェラブルコンピュータといった現存する製品のバージョンアップ版ではない新規性の高いテクノロジにおいてはなおさらである。

社会はいかなる判断によって新しいテクノロジを受容するのか?

 冒頭、「社会実装」の時代における象徴的なアクシデントとしてUberの自律走行車事故の話をしたが、「クルマ」の太古の起源である「車輪」についての面白いエピソードを紹介しておこう。ジャレド・ダイヤモンドによるベストセラー『銃・病原菌・鉄』(草思社)の中の一節である。

 新しい技術のおかげで、より高速でより強力な、そしてよる巨大な装置が可能になり、その使い道が見つかったとしても、社会がその技術を受け容れるという保証はない。一九七一年、合衆国連邦議会は超音速旅客機の開発予算を否決している。世界はいまだに、キー配列を効率化したタイプライターを受け容れていない。イギリスでは、電気が登場したあとも長いあいだ街灯照明にガス灯が使われていた。社会がまったく相手にしなかった技術はたくさんあるし、長い抵抗のすえにやっと取り入れられた技術も山ほどある。社会はどんな要因によって新しい発明を受け容れるのだろうか。そこには少なくとも、四つの要因が作用していることがわかる。

 もっともわかりやすい要因は、既存の技術とくらべての経済性である。例えば、現代社会では、誰もが車輪の有用性を認めている。しかし、その認識を持たなかった社会も過去には存在した。古代のメキシコ先住民は、車輪のおもちゃを発明しながら、車輪を物資の輸送に使っていない。われわれにとって、これは信じられないことである。しかし、メキシコ先住民は、車輪のついた車を牽引できるような家畜を持っていなかったため、人力で運ぶことにくらべ、車の経済的利点は何ひとつなかった。


アメリカの進化生物学者であるジャレド・ダイアモンドによる「銃・病原菌・鉄」(草思社)。1万3000年にわたる人類史の局所的な繁栄と局所的な衰退をタイトルにある銃と鉄の伝播、病原菌の流行に求めた刺激的な名著。現在、文庫化もされている

 ここでダイヤモンドの「四つの要因」のうち残り3つをくどくど述べることは本稿の趣旨ではないので省略するが、「車輪が発明されたからといって、それがかならずしも物資の運搬に利用されるわけではない」という事実は私たちにとってかなり衝撃的である。メキシコの先住民にとって「車輪」は乳幼児をあやす玩具のためのテクノロジだった。これは、決して彼らの発想が貧困だったからではなく、先述した「同時代の社会、経済、文化などの諸条件」「それらが複雑に絡み合った時代の状況」、そして、「同時代に生きる人々の意識せざる欲望」の地域差に過ぎない。

 もちろん現代は地球全体を覆うインターネットの網の目によって地域差が急速に消滅する方向に進んではいるが、当然のことながら、どこでもすべての社会的諸条件が均一なわけではない。現金志向の強い私たち日本人は中国の大都市における急速なキャッシュレス化などを見ると呆然としてしまうし、シリコンバレーの貪欲な情報産業にGDPR(General Data Protection Regulation=EU一般データ保護規則)で対抗しようとする欧州の個人データに関する強い問題意識を日本人はなかなかイメージしにくい。

 では、我が国において最新のデジタル技術がどんな領域で応用されることが望ましいのか……。銀行員の人数を削減することだけが人工知能の用途ではないし、ランナーの走行距離を管理しやすくすることだけがウェアラブルコンピューターの目的でない。これまでどんな国家も経験したことがない少子高齢社会に突入する日本ならではのテクノロジーの活用があるはずだ。ひとくちに「社会実装」と言ってもその「社会」の現況には地域差と独自性がある。私たちの「社会」がいまいかなる局面にありいかなる問題を抱えているのか……。テクノロジが「実装」される肝心の「社会」をいま一度突き詰めて考え直してみる必要があるだろう。その結果、開発者が提示した「理想的な用途」の中から「現実的な用途」を選択するのは私たちユーザーなのだから。

高橋幸治
編集者/文筆家/メディアプランナー/クリエイティブディレクター。1968年、埼玉県生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、1992年、電通入社。CMプランナー/コピーライターとして活動したのち、1995年、アスキー入社。2001年から2007年までMacとクリエイティブカルチャーをテーマとした異色のPC誌「MacPower」編集長。2008年、独立。以降、「編集=情報デザイン」をコンセプトに主にデジタルメディアの編集長/クリエイティブディレクター/メディアプランナーとして企業のメディア戦略などを数多く手がける。本業のかたわら日本大学芸術学部文芸学科、横浜美術大学美術学部美術・デザイン学科にて非常勤講師もつとめる。「エディターシップの可能性」を探求するセミナー「Editors' Lounge」主宰。著書に「メディア、編集、テクノロジー」(クロスメディア・バブリッシング刊)がある。

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