Rethink Internet:インターネット再考

テクノロジーの社会実装と、社会という生体の免疫システム

高橋幸治 2018年02月24日 07時30分

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未来は「夢想」するものから「実装」する段階へと突入している

 1月22日、米国はシアトルのAmazon本社近くに「Amazon Go」の一号店がオープンした。本稿でいまさら述べるまでもないだろうが、「Amazon Go」はスマートフォンにダウンロードした専用アプリケーションを起動して入店の際ゲートにかざすだけで、買い物をした商品をレジを通すことなくそのまま店外に持ち出せるという新しい形態の店舗だ。もちろん、購入したぶんについての代金はAmazonに登録してある自分のクレジットカードに請求される。

 店内では天井に設置された多数のカメラが来店客の行動を追尾しており、棚に装備された多種のセンサが商品を選び取ったか否かの識別も行っているため、誰がいくつ何の商品を購入したのかを正確に把捉できるという。同時にマイクによって収集された音も活用されているとのことで(ちなみにこの技術は同社のスマートスピーカ「Amazon Echo」に内蔵されているもの)、購入にまつわる判定ミスが発生しないようあらゆるテクノロジーが駆使されている。


1月22日付のCNETの記事。シアトルにあるAmazon本社近くにオープンした「Amazon Go」一号店での実際のショッピングのプロセスが多くの写真と共に紹介されている

 ※CNET記事 https://japan.cnet.com/article/35113468/

 もはや、ネットで買い物をすることがデジタル技術によってもたらされたバーチャルな行為で、実店舗で買い物をすることがアナログ感覚にあふれたリアルな行為であるという区別などはまったく無効になったと言わざるを得ない。本連載でもかつて「従来から使用してきた価値判定の基準がことごとく有効性を失ってしまうのが、まさにインターネット第2四半世紀の特徴だ」と述べたことがあるが、いまや、私たちの生活はあらゆる場面でインターネットとひも付いたデジタルテクノロジに依拠しており、一見、アナログ的な風情を漂わせた行為や体験にしても、それはどこかでかならず高度なデジタル技術が介在している。

 「何をいまさら当たり前のことを」とお叱りを受けてしまいそうだが、今回のテーマは、つい数年前まで夢想として語られていた「テクノロジがもたらす未来像」はすでに私たちの生活、社会、経済、文化といったあらゆる領域に現実に「実装」され始めており、私たちはこの状況の変化を今一度、再認識/再確認しなければならないということである。

 「テクノロジがもたらす未来像」というもは“未だ来たらざる”ものであり、“未だ来たらざる”うちは楽観的かつ能天気に希望や期待だけを語っていればよかった。しかし、インターネットが第1四半世紀から第2四半世紀へと質的変容を遂げ、新たな基盤の上で新たな技術が実際に稼働の段階に入ったとなれば話は別で、今後、私たちは「未来展望」をいかに饒舌に述べ立てるかということではなく、「社会実装」をいかにスムーズに実現するかを熟考していかなければならない。

新しいテクノロジへの免疫性を発達させた社会は存在するか?

 人工知能にしても仮想通貨にしてもIoTにしてもバイオテクノロジにしても、私たちはまだどこかで完成には至らないプロトタイプが世に提示されたくらいのレベルと思っている節がある。ところが先般の「NEM」の流出問題を例に挙げるまでもなく、すでに多くの新たなテクノロジは着実に「社会実装」が進行しており、無責任に未来を礼賛することや無根拠に未来を忌避する段階はいつの間にか通り越してしまった。

 これは同時に「実装」してみなければわからなかった問題や課題が今後あちらこちらで噴出することでもあり、既存の社会構造への埋め込みの際に生じる軋轢や矛盾、不具合、不整合などが顕在化してくるということである。個人個人の心情的な抵抗感のレベルを超えた、社会という生体システムの免疫的な拒絶反応も発現してくるだろう。

 マーシャル・マクルーハンは『メディア論』(みすず書房)の中で、テクノロジがもたらすこうした大規模な社会のシフトに対して、人々が事前に十分な処置が行うことは非常に困難であると指摘しており、唯一、社会という生体システムに免疫性を与えてくるのは芸術以外にないと述べている。

 新しい拡張つまり技術にたいして免疫性を発達させるほどに自身の行動について自覚を持った社会は、これまで存在しなかった。こんにちでは、芸術がこのような免疫性を与えてくれそうであることに、われわれは気づき始めている。

 人間の文化の歴史には、個人生活および社会生活のさまざまな要素を新しい拡張に意識して適応させた例がない。ただ例外は、芸術家たちの些細末梢の努力だけだ。芸術家は、文化および技術からの挑戦のメッセージを、その変形の衝撃が起こる数十年前に拾い上げる。そうして間近に迫った変化に立ち向かうためのモデル、すなわちノアの箱舟を建設する。ギュスターヴ・フローベールが「もし人々がわたくしの『感情教育』を読んでくれていたら、一八七〇年の戦争は起こらなかったろう」と言ったのは、その例だ。


本連載でもおなじみのマーシャル・マクルーハンによる『メディア論』(みすず書房)。出版後50年以上を経た現在においても、さまざまな場面で応用可能な示唆に富む記述が散りばめられている

 前回の拙稿で夏目漱石とその門弟である寺田寅彦を引き合いに出しながら、科学と芸術のハイブリッド的視座の重要性を提唱したのも、まさに、科学だけが一方的に牽引/領導する未来像の素描段階は終わり、これからは芸術の分野と手を携えながら技術の現実社会への実装段階に対処しなければならないという意識を喚起したかったからである。

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