Rethink Internet:インターネット再考

テクノロジーの社会実装と、社会という生体の免疫システム - (page 3)

高橋幸治

2018-02-24 07:30

はたして社会という生体システムは「超システム」たり得るか?

 AI=人工知能の万能感が声高に喧伝されている現在の風潮を鑑みると、かなり衝撃的な事例である。本連載でも以前、ヒト/モノ/コトが行き交う情報の中継点や流通網は古来より「胃袋」や「血管」などの人体器官に喩えられ、「脳神経系」としてイメージされるインターネットもまた同様であると書いたことがあるが、まさに現代の社会は多種多様なデジタル技術が有機的に連関したひとつの身体と考えていいだろう。まさに、社会という生体システムである。

 前節で挙げたニワトリのヒヨコとウズラのヒナのエピソードは免疫システムが示す徹底的な「非自己」への拒絶であったが、人間はその歴史の中で「非自己」を「自己」化するための巧妙な方策も編み出した。その代表的なものが、1796年にエドワード・ジェンナーによって考案された天然痘のワクチンである。以降、人間はインフルエンザなどが猖獗を極める以前にあらかじめ流行が予想されるワクチンを接種し、軽度の罹患によって抗原への抗体を生成してしまうという重篤かつ深刻な事態への回避法を獲得した。

 

 インターネット第2四半世紀における新たなテクノロジの社会実装を前にこうしたワクチンの投与的な措置がどこまで有効かはわからない。前述したマクルーハンの言葉を解釈すれば、芸術とはハードランディングを幾分かソフトランディングにするある種のワクチン的な機能を持っているということだろう。そうした意味でもサイエンティストとアーティストの垣根が取り払われつつある現在の状況は好ましいことであり当然の帰結とも言える。

 しかし、「自己」という生体は固定的なものではなく流動的なものであり、必然的に新たな抗原も絶えることなく誕生し続ける。こうした間断なく移ろいゆく動的な生体の中でかろうじて「自己」を維持している複雑な均衡機構=免疫システムを多田氏は「超システム」と呼ぶ。果たして私たちの生活、社会、経済、文化の複合体は、新たなテクノロジーが社会実装される際にどこまでしなやかな免疫力を発揮できるだろうか……? 「未来展望」から「社会実装」へと時代が移行しつついまこそ、インターネット第2四半世紀の本格的な幕開けなのである。

 免疫系というのはこのようにして、単一の細胞が分化する際、場に応じて多様化し、まずひとつの流動的なシステムを構築することから始まる。それからさらに起こる多様化と機能獲得の際の決定因子は、まさしく「自己」という場への適応である。「自己」に適応し、「自己」に言及しながら、新たな「自己」というシステムを作り出す。この「自己」は、成立の過程で次々に変容する。T細胞レセプターも抗体分子も、ランダムな遺伝子の組換え、再構成によって作り出されていることは先にも述べた。

 その上、外部から抗原という異物が侵入する度に、特定のクローンが増殖し、さらにインターロイキンなどによって内部世界の騒乱が起こる。抗体の遺伝子には、高い頻度で突然変異が起こることも先に述べた。こうした「自己」の変容に言及しながら、このシステムは終生自己組織化を続ける。それが免疫系成立の原則である。

(中略)

 私は、ここに見られるような。変容する「自己」に言及しながら自己組織化をしてゆくような動的システムを、超システムと呼びたいと思う。言うまでもなく、マスタープランによって決定された固定したシステムとは区別するためである。

高橋幸治
編集者/文筆家/メディアプランナー/クリエイティブディレクター。1968年、埼玉県生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、1992年、電通入社。CMプランナー/コピーライターとして活動したのち、1995年、アスキー入社。2001年から2007年までMacとクリエイティブカルチャーをテーマとした異色のPC誌「MacPower」編集長。2008年、独立。以降、「編集=情報デザイン」をコンセプトに主にデジタルメディアの編集長/クリエイティブディレクター/メディアプランナーとして企業のメディア戦略などを数多く手がける。本業のかたわら日本大学芸術学部文芸学科、横浜美術大学美術学部美術・デザイン学科にて非常勤講師もつとめる。「エディターシップの可能性」を探求するセミナー「Editors' Lounge」主宰。著書に「メディア、編集、テクノロジー」(クロスメディア・バブリッシング刊)がある。

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