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庭山一郎「戦略なきIT投資の行く末」

IT産業がマーケティングテクノロジーを使えないメカニズム

庭山一郎 (シンフォニーマーケティング)

2020-12-22 07:00

 マーケティングオートメーション(MA)というマーケティング活動のプロセスを支援するシステムがあります。米国では2000年に普及が始まりましたが、日本では15年遅れて2014年に普及が始まり、今では米国、欧州、そして国産のベンダーなど、多くの製品が日本市場で販売されています。各社の販売実績を合計すると6000社を超え、多少盛っていると考えても少なくとも5000社が1度はMAを導入したと考えて良いでしょう。日本の上場企業が約4000社ですからこれは少ない数ではありません。

 産業別に見ると最も導入企業の数が多いのはIT産業ですが、MAの導入失敗事例が最も多いのもまたIT産業です。失敗と言っても「動かない」ということではありません。ほとんどのMAはクラウドで提供されていますから「動かない」はないのです。そうではなくて、メール配信に使っている、データを蓄積するなど限定的に使われていることがほとんどなのです。

 MAは良質の案件を営業や販売代理店に安定供給をする役割を担うデマンドセンターのプラットホームとして生まれた業務アプリケーションです。他の用途には向きません。しかし案件を供給して売り上げに貢献させている例は驚くほど少ないのです。IT産業がMAを真っ先に導入した理由はITリテラシーの高さです。業務効率を向上させるのにITの力を使うことがいかに効率的かを理解しているのでMAが普及した時にも抵抗なく導入しました。ではなぜ活用できていないのでしょうか。それは、ITリテラシーとマーケティングリテラシーは全く別物だからです。

 多くのWindows PCの中にはWordという文書作成ソフトがインストールされています。Office製品の中でもExcelと並んで最も使われるソフトですから誰もが基本的な操作はできるはずです。しかしWordを操作できることと、人を感動させる文章を書くことは全く別です。Wordの操作にはITリテラシーが、美しい文章を書くには文学的なリテラシーが必要だからです。そしてそんなことは誰でも分かっているので、Wordが使える人だからといって詩や小説、舞台の脚本は依頼しません。

 しかし、マーケティングではこれが起こっています。「マーケティングオートメーション」という誤解を招く表現のせいもありますが、MAの操作ができればマーケティングができると思っている人が驚くほど多いのです。その結果、IT企業が配信するメールが異常に増え、その多くがフィルタリングされたり、配信停止になったり、さらにひどい場合にはスパム扱いになってDNSで止まることすらあります。

 これは、MAの中にあるシナリオの機能を使うことで、ステップメールと呼ばれるストーリーに沿って連続してメールを配信するプログラムを走らせてしまい、多くの場合は全くターゲットではない人にしつこいスパムメールを大量に送りつける状況を生んでいるのです。

 MAはマーケティングのプロが使うツールですから、たとえITリテラシーが高い企業であってもマーケティングのナレッジのない企業が使えばマイナスやリスクはあってもプラスはないのです。

 実は同様のことが20年前にも起こりました。日本にSales Force Automation(SFA、営業支援)というツールが上陸した時に最も熱心に導入したのはIT企業でした。Siebel、Vantive、Onyx、Sugarといったブランドです。SFAは営業部門が案件のパイプラインマネジメントに使うツールですから、活用するには“営業プロセス”を理解している必要があります。

 しかし、当時は他の業務アプリケーションがそうであったように情報システム部門が主導して導入したため、設定も運用ルールも全く営業の気質や使い勝手が考慮されておらず、部門によって言葉の定義や運用ルールがバラバラだったりして、結果的に期待したような活用はされませんでした。そして日本企業にSFAは合わない、という間違った結論が導き出され、この状況はSalesforce.comなどのクラウド型SFAの登場まで変わりませんでした。歴史は繰り返すとは良く言ったものです。

 もう一つ、例を出してみましょう。ビルの建設にクレーンという重機は欠かせない存在です。基礎工事にも、鉄骨を組み上げるにも、建設資材を搬入するにもクレーンは大活躍します。しかし、クレーンの操縦免許を持っていればビルが建設できるわけではありません。ビルを建てるためには建築士の資格を持った人が、建築基準法や地域の条例を考慮し、緻密な構造計算を行って作成した設計図面が必要で、これがなければビルの工事はできません。

 さらに言えば、そのビルが商業ビルなら来店客の導線や駐車場の安全性も考慮する必要があり、オフィスビルならテナント企業の利便性を考えた空調や通信環境を、マンションなら個人のプライバシーや防犯セキュリティーなどを考慮しなければ、目的にかなうビルは建ちません。

 しかし、多くの日本のIT企業はクレーンの操縦しかできない人にビルを建てさせています。その結果、違法建築や構造計算ミスにより強度不足、高層ビルなのにエレベーターがない、数百人を収容するホールなのにトイレが男女1人分しかない、エアコンが効かない、導線が分かりにくい、という欠陥ビルばかりが建ち並んで、マーケティングの存在そのものに疑問を持たれています。

 ビルを建てたいなら資格を持った建築デザイナーが、素敵な都市開発をしたいなら都市開発プランナーが、商業ビルを開発したいなら空間プロデューサーが必要なのです。同様にもしマーケティングの強い企業になりたければマーケターを採用するか養成するしかありません。必要なのはマーケターであってMAのオペレーターではないのです。

 そのマーケターとは全体最適でマーケティングを設計し、実行して最終的なレポーティングまでできる人です。ウェブだけ、展示会だけ、セミナーだけ、MAだけ、という部分最適ではなく、全体最適でマーケティングをけん引できる人材こそ必要なのです。そうした人材を探して育成しない限り、新しいツールが出てくるたびに真っ先に飛び付いて失敗事例を量産するIT産業の負のメカニズムに終止符を打つことはできないでしょう。

庭山 一郎
シンフォニーマーケティング 代表取締役
1962年生まれ、中央大学卒。1990年9月にシンフォニーマーケティングを設立。データベースマーケティングのコンサルティング、インターネット事業など数多くのマーケティングプロジェクトを手がける。1997年よりBtoBにフォーカスした日本初のマーケティングアウトソーシング事業を開始。製造業、IT、建設業、サービス業、流通業など各産業の大手企業を中心に国内・海外向けのマーケティング&セールスのアウトソーシングサービス、研修サービスを提供している。中央大学大学院ビジネススクール客員教授。

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