編集部より:Garry Kasparov氏は、22歳でチェスの世界チャンピオン、その後15年間世界チャンピオンを保持し続けた。この記録は今に至るまで世界最長とされている。1997年にIBMのコンピュータ「Deep Blue」に僅差で敗れたことでも有名。テクノロジーと民主主義の関係を議論した。
テクノロジーによる民主主義の救済をテーマに、英国の週刊紙『The Economist』から寄稿を依頼された時、筆者はそのチャンスに飛びついた。技術と政治は、筆者の人生において情熱を抱いてきたテーマだったが、最大の関心事となるチェスに追いやられてからというもの、これらに熱中することはほぼ不可能だった。
しかし、2005年にプロのチェスプレイヤーを引退してから親切なことに、多くの専門家の友人がそれぞれの世界へと導いてくれたので、筆者にとっては趣味以上の存在となった。人工知能(AI)からメディアやニュース、世論調査・選挙に至るまで、われわれが直面するさまざまな課題を解決してくれる新たなツールの利用や開発については、幾度となく話し合ってきた。
皮肉なことに、こうした課題の大半もまた、われわれが救世主として期待しているものと同じ、新たなテクノロジーによって生まれたものだ。
おそらくご存知かと思われるが、Intelの共同創業者にして、伝説の技術者と呼ばれるGordon Moore氏の提唱した「ムーアの法則」は、集積回路に使用されるトランジスタの数が、約2年ごとに倍増するというものである。
一般的に理解される実際の影響は、コンピューターの速度が2年ごとに倍増するという、極めて分かりやすいものだ。ムーアの推定は実に正確であったことが判明しており、1975年以降、「法則」は継続している。
このように安定した進化曲線の影響力は甚大であり、演算能力とコンピューター価格に依存する多くの業界では、戦略的な立案が可能となっている。
性能が頻繁に倍増する結果、われわれの生活のさまざまな側面にどのような影響が及ぶか、それを予測することは極めて困難である。テクノロジーに比べると、人間の社会の進化のスピードは、上向きでこそあれ、ひどく遅いものだ。
デジタルのスピードやまたたく間に起こりうる進化、そして、地理的、国家的な境界を飛び越え、世界中の数十億人もの人々の暮らしに影響を与えるプログラムの実行に対し、われわれはついていくのが精一杯である。
自由と民主主義に関する法と規則
これとは対照的に、われわれの行政システムは、ムーアの法則ではなく、「パーキンソンの法則」(ウィキペディア)に従い、広大な官僚機構に組み込まれている。トランジスタの増加・小型化やチップの高速化・低価格化とは対照的に、官僚機構は常に肥大化し、スピード感を失い、コストもかさんでいる。役人は互いのために仕事を作り、暇な時間を埋めるために仕事を拡大する傾向にある。
文書の発行や予算の追跡など、行政の限られた業務にデジタル技術を追加するだけでは、こうした根本的な問題の解決にはならない。また、われわれの民主主義システムは、数年ごとにしか行われない選挙が基礎となっており、政府の対応力の欠如という核心的な問題をスピードによって解決することも不可能と思われる。TwitterやFacebookでの発信が安易である限り、それほど長期間にわたって、人々に黙ってもらうことは不可能である。
ソーシャルメディアでの民主主義に対する誘惑
電話の誕生により、コミュニケーションはまさに瞬時に行われるようになり、30年前に登場したインターネットも普遍的な存在となった。ラジオやテレビといった、従来のマスメディアとは異なり、インターネットは双方向型のチャネルである。単なる受信機ではなく、マイクでもあり、さらにそれはメガホンへと成長した。
こうした変化も当初は、本当の意味では真価を発揮していなかった。無数のメガホンを結びつけたような存在、すなわち、ソーシャルメディアが登場するまでは。