山谷剛史の「中国ビジネス四方山話」

中国EduTech企業、政府による突然の大ナタで行き詰まり

山谷剛史

2021-06-29 07:00

 中国のEduTech企業は、新型コロナウイルス感染症が国内で拡大した2020年2~3月以降、一気に認知されるようになり普及が加速した。場所を問わずリモートから参加できるオンライン授業や、人工知能(AI)を活用した学習支援で一気に教育の質を高めつつ、貧富による格差を減らせると期待された。

 例えば、中国電子商務センターが発表した「2020年度中国オンライン教育投融資データレポート」によると、2020年のオンライン教育業界への融資額は前年比267%増の約540億元で、 2016~2019年の4年間の融資額の合計よりも多いという。それほどまでに2020年はEduTech企業に融資が集まった。EduTech企業は集まった多額の資金を使って教師や技術者を雇い入れ、サービスを構築・増強させたり、中国各地でリアル教室を開設したり、広告を掲載したりした。

 しかし、6月1日に施行された「(改訂版)未成年人保護法」によって、EduTech企業は突然の強烈な逆風にさらされることになった。未成年人保護法の大きな目的は、第1章の「未成年の心と健康とため、未成年の合法的な権益を保障し、理想的な人間を育成する」ことにある。第2章以降は、その実現のために親や保護者は虐待をしてはならず、学校は学生を大切にしなければならない、子供に酒を提供してはならないといったことなどが書かれている。

 その条文の中に「就学前教育で小学校の教育をしてはならない」とある。つまり3~6歳では算数や英語を教えてはいけないと法律で定められたのだ。さらに中国政府教育部が3月に発表した「幼稚園入学準備教育指導要点」では、幼児によるPCやスマートフォンなど電子機器の連続利用時間は最長15分間と決められている。

 加えて「夏休みや冬休みなどの長期休暇中の特別補修授業を行ってはいけない」という通達があるとの報道も中国で駆け巡っている。

 さらに、EduTech企業に対して虚偽広告を禁止する点も強調されている。例えば、EC(電子商取)サイトで「通常は2160元のコースが199元に!」といった文言である。実際に存在しないコースを定価で提示しておきながら、大幅な割引によるお得感を演出する販売手法が横行している。また、入学時にまとめて授業料を払った後、突然倒産するケースも出てきていることから、一括払いは3カ月を上限とした。1年分や数十回分の料金を前払いさせて資金を調達し、その間に事業を軌道に乗せるという方法を中国の教育機関や個人商店でしばしば見かけるが、そうしたことができなくなった。

 中国のEduTech企業の株価は軒並み下落。例えば、好未来の株価は1日で15%減、新東方は10%減になった。早くも幼児教育の部署や、数学オリンピック向けの学習指導を展開する部署を解散したという企業の報道もある。

 政府の方針とは別の原因で大きな人員削減を行う企業もある。例えば、粉筆教育という企業は、組織や教室を急拡大しすぎたために社内統制が効かなくなったという理由から、中国全土で7000人を削減した。

 一部の中国メディアは、EduTech業界の強烈な逆風をかつてのシェアサイクル業界に例えている。シェアサイクルや無人コンビニ、電子タバコなどもたどった道だが、各社が巨額の融資を受け、過剰な投資を行い、顧客を美味しい条件で招き寄せた後に経営がうまくいかなくなる。そして、政府によるルール整備によって事業継続が厳しくなり、ビジネスをたたんでしまうというものだ。

 乗り物や小売店、嗜好品といったものだけでなく、子供の生活の一部となっている習い事や学習塾にも容赦なく起業と倒産のラッシュが訪れる。ITエンジニアは別の企業に転職すればいいが、行き場を失った教師もいるし、子供の教育方針を再検討する必要も出てくる。

 そうした散々たる状況を伝える中国メディアはあるが、そのおかしさを訴える記事はない。淡々とトップダウンで業界再編が行われ、子供の学習環境もまた例外ではなかったのである。

山谷剛史(やまや・たけし)
フリーランスライター
2002年から中国雲南省昆明市を拠点に活動。中国、インド、ASEANのITや消費トレンドをIT系メディア、経済系メディア、トレンド誌などに執筆。メディア出演、講演も行う。著書に『日本人が知らない中国ネットトレンド2014』『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』など。

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