DX(デジタルトランスフォーメーション)への対応が叫ばれている一方で、「DXの進め方が分からない」「DXをできる人がいない」「技術はやっぱり難しい」といった声も聞こえてくる。「ZDNet Japan Summit 2021」で行われた「DXのうまいやり方ってある?『日本型DX』を考える」と題した対談セッションのポイントを紹介する。テクノロジーとビジネスに精通した識者として、松永エリック・匡史氏(青山学院大学 地球社会共生学部 教授、アバナード株式会社 デジタル最高顧問)と、澤円氏(圓窓 代表取締役)が、率直に意見を交わした。
DXって大変?
冒頭、司会を務めたZDNet Japan 編集長の國谷武史が、DXについて取材していて聞こえてくる企業の声を紹介した。DXは「ちょっと大変」だとか、「面倒くさそう」といった本音のようなものが聞こえてくるというのだ。それに対して、澤氏は「大変だと思うなら、やらなければいい」と素早く切り返した。
「やらなくて済むなら、やらなくていいんですよ。でも、やらなくて企業が存続できると思っているなら、経営者として能天気だと思います」(澤氏)
さらに、松永氏も「DXが大変なのは当たり前」と述べて、その理由を次のように説明した。
まず、従来であれば、デジタルに大きなコストがかかったが、現在はクラウドのおかげでいくらでも大きなビジネスになるからだ。その結果、今まで知らなかったようなベンチャー企業がある日、競合になっているというのだ。
「全く注目していないベンチャーが、実はとんでもないことやり始めていて、気付いたら追い抜かれている。そんなことがもう平気で起きています。だからこそ、トランスフォーメーションが必要なんです」(松永氏)
テクノロジーの使い方は、人間次第
その実例として、澤氏がNetflixを取り上げた。世界的な動画配信サービスのNetflixも、最初は郵送でDVDをレンタルするビジネスモデルだったのだ。しかし、「自分たちの戦略に賭けて、あそこまで大きくなって、既存のいろんな会社を駆逐してきた」とポイントを解説した。
これを受けて松永氏は、「Netflixは、ユーザーをちゃんと見ている」と語った。オンラインで受け付けてDVDを郵送するのは、徹底したユーザー視点から出てきたというのだ。とはいえ、「本来テクノロジーは愛情深いもの」と、松永は述べる。「僕もシステムエンジニア出身なので分かりますが、テクノロジーは人間が作り出したものです。どこからか降って湧いてくるものではないのです!」
澤氏も「賛成です。プログラムを作るのは、誰かを幸せにするためですよね。その意味で、企業の存在価値が社会に貢献するためにあるのと同じだと思います」と応じた。
日本型DXを考えるな
それでは、日本企業がデジタルでビジネスを変えていく際、どこから始めるのが良いか。再び澤氏は、「まず日本型というくくりをやめることです」と切り出した。
「“日本”って、主語が大き過ぎるじゃないですか。日本企業といっても全て同じではありませんよね。リソースも経営方針も、やっている事業も違います。だから、自社をどうやってトランスフォームするか、経営層をはじめとして、社員全員が考えることが重要になってくると思います」(澤氏)
これに松永氏は、あえて「日本型を考える」と断った上で、@日本はDXに遅れていると、みんな自信をなくしているが、協調性などのカルチャー面では、まだまだすごい。米国型や中国型とあえて比較する必要はない」と述べた。
では、DXをどのように進めればいいのだろうか。これには、経営コンサルタントの立場で松永氏が答えた。
「イノベーションをやりたいという相談がトップから来たとき、イノベーション部隊は必ずあなたの直下に置いてくださいと言っています」(松永氏)
極端には、社長直下ではなくマーケティング部の配下にした時点で、実はもう“他人事”になっているというのだ。それで、部長や役員から報告に来たら、いきなりトップは他人事のように評論家になってしまうのだという。松永氏は、それを何度も目の当たりにして、そういう場を絶対に作らせないようにしている。
「トップが腹を括ってイノベーションをするなら、5人でもいいから自分の直下に置いて、自分の責任で全部やってくださいってことなんです」(松永氏)
この他に重要な点として澤氏は、社内の視点の違いを共有することを上げた。つまり社内には、経営とマネジメントと現場という3つの層あり、それぞれに視点が違っているという。経営層は企業の全体や周囲の環境を見ており、マネジメント層は仕事の仕組みや部署の役割を見ている。現場層は解像度が一番に高く、ビジネスの細部が見えている。このように、それぞれが異なる視点を持っている。
「すごく大事なのは、お互いの視点に興味を持つこと。その結果みんながいろんなことを知っている状態になります。そこから、『じゃあ、こういうことをやってみよう!』と、お互いを尊重しつつアクションを決められると思います」(澤氏)
松永氏は、こうした取り組みの難しさについて補足した。
「もちろん、全ての経営者がイノベーションを自分で起こすのは無理でしょう。今までそうではなかったわけですから、いきなりできないと思います。そういう時は、外部を頼ればいいんです。外部を懐疑的に見る雰囲気もありますが、外部は敵でも奴隷でもありません。その向き合い方を変えるだけでも、相手から聞こえてくる話がすごく違ってきまます」(松永氏)
超巨大企業が変わり始めている
対談の終盤で澤氏は、トランスフォーメーションに取り組む日本企業例として。世界有数の総合電機メーカーである日立製作所を取り上げた。
日立は、グループ連結で全社員が35万人いる超巨大企業だ。35万人というと、アイスランドの人口に匹敵するという。相当な巨大組織であり、機能ごとの縦割りになるのは、ある意味で仕方がないと澤氏は語る。一方で、その縦割りを打破しようと、「Lumada」というキーワードでつなぐというコンセプトを進めているのだ。
「あるイベントで、日立の人間として登場する予定ですが、いま日立はすごく変わろうとしています。日立での僕の役割は、あえて外部の人間でありながら、いろんな人たちとフラットにつながらせてもらって、それをいろんなところに届けるというものです」(澤氏)
松永氏も、「実は新卒入社が日立です。システムエンジニアとして、銀行システムを担当していました。その時から考えると、澤さんを入れるって、決断としてすごく評価すべきだと思います。しかも、それを外部に公言している。経営者として、自分たちは変わっていくという覚悟を感じます」と答えた。
自分にできることにフォーカスする、自分の実現したいことを考える
こうして、トランスフォーメーションにどのように取り組むか、両氏の会話で多くのヒントが取り交わされた。対談の最後に、セッションの参加者へメッセージを語ってくれた。
「まずは、自分がコントロールできることにフォーカスしてもらいたいと思います」(澤氏)
苦手でも、昨日できなかったことを、今日ちょっとだけできるようになったら、それはもうトランスフォーム成功ーーなのだという。
「それから、自分より詳しい人を無条件にリスペクトしていただきたい。それをやっていたら、あっという間に自分がトランスフォームできます。そのトランスフォームを周りに波及させていく。そうやって、自分が震源地になれば良いと思います」(澤氏)
さらに松永氏は、トランスフォームでゴールをどこに設定するかが大事だと語った。自分の子どもたちには、「こんな社会にいてほしい。じゃあ我々は何をすべきか。それを深掘りすることがトランスフォーメーションの最初になる」と述べる。
「だから、なるべく会社とか人のせいにしないで欲しいと思います。トランスフォーメーションができてないのは、皆さん自身の責任。もちろん僕自身もですけど。自分が変われない人は、人をトランスフォーメーションするとは絶対言えないはずです。だから、これを聞いた瞬間から、自分自身に何ができるのか考えていただきたいと思います」(松永氏)