「ZDNet Japan Summit 2021 Digital Enterprise Now & Future 変革するビジネスとテクノロジーの真実」が12月10日にオンラインで開催された。SESSION5では、KDDI総合研究所atelier企画室 リサーチフェローの小林雅一氏が登壇し、「ブレインテックの衝撃――脳にチップを埋め込む“電脳化”が実現する未来予想図」と題して講演した。その内容をレポートする。
ブレインマシンインタフェース(BMI)でSFの世界に現実味
「人間の脳にチップを移植して、未知なる能力を引き出す」――まるでサイエンスフィクション(SF)の世界が現実味を帯びてきた。それを実現する技術がブレインマシンインターフェース(BMI)だ。人間の脳とロボットアームやコンピューターなどのマシンを接続して、脳からマシンを直接操作したり、脳とコンピューターなどの間で直接情報をやりとりしたりする。KDDI総合研究所の小林氏はこう話す。
「脳と機械の融合によって、頭で念じるだけでコンピューターの操作や、自動車の運転が可能になるかもしれません。これまでウェアラブル端末を通じて得ていた生体情報を脳で直に感じ取ったり、ヘッドセットを介して視覚的に得ていた仮想現実/拡張現実/混合現実(VR/AR/MR)などの技術を脳内に組み込めたりするかもしれません。BMIは、人間の“脳力”を強化することで、これまでの限界を超えたイノベーションにつながり、さまざまな社会問題の解決や飛躍的な生産性の向上をもたらす可能性を秘めています」(小林氏)
BMIはもともと、病気や事故で身体が麻痺した患者に向けて新たなリハビリの手段を提供する一種の医療技術として世界各国の大学や研究所で研究が進められてきた。歴史は古く、1960年代にまでさかのぼる。脳科学の一部だが、傍流に位置していたため、脚光を浴びることも少なく研究資金を集めるのも難しかった。
「米国のIT企業が注目し、投資を始めたことで大きく変わりました。現在は産業化、事業化に向けた変曲点にあります。中でも注目されている企業が、米Teslaや米Space Exploration Technologies(SpaceX)の創業で知られるElon Musk氏が設立した米Neurallinkです。患者の頭蓋骨や髄膜を切開して、大脳皮質にスパイク信号読み取り装置を埋め込み、コンピューターと無線接続して情報をやりとりします。現在は動物実験の段階にあります」(小林氏)
投資は前年の3倍超、Neurallink、Facebook、Synchronに注目
Neurallinkは最終的には医療機器として製品化することを目指している。ただ、米国規制当局(FDA)は臨床試験の認可に慎重で、その背景には人工知能(AI)の脅威論者としても知られるMusk氏の言動が影響を及ばしているとも言われている。
「Musk氏は、AIの脅威に立ち向かうためにBMIを利用しようと言っています。頭蓋コンピューティング(cranial computing)と呼ばれ、脳からスマートフォンなどの情報端末に直接入力したり、サイバー空間から脳内に直接情報をダウンロードしたり、脳同士を直接接続したりすることを目指しています。FDAはこうした過激なビジョンに当惑しているようです」(小林氏)
一方で、BMIは大きな期待を集め、巨額の投資が続けられている。中東の投資会社Vy Capitalや米GV(旧Google Ventures)、米Founders Fundなどから2億5000万ドルを調達した。BMI企業全体では2021年前半だけで3億5000万ドル以上を調達しており、これは2020年通年の9700万ドルの3倍超に匹敵する規模となっている。
「脳に装置を埋め込まない非侵襲型BMIも長く研究開発されてきましたが、信号を読み取ることの難しさが指摘されており、実際、取り組みを進めてきたFacebook(現Meta)も2021年に『脳からの文字入力』計画を中止しています。代わりに、同社は筋電信号(EMG)を使ったニューラルリストバンドの開発や、ARを使って実際には存在しないキーボードであたかもタイプしているような感覚を生み出す技術を開発しています」(小林氏)
NeurallinkやFacebookのほかにも、侵襲型BMIで切らない手術を実現する豪Synchronがある。同社は、センサーの付いた「ステントロード(Stentrode)」という機器を脳全体に張り巡らし、患者が念じることでPCを自在に操作する技術を開発し、既に臨床試験の段階に入っている。