本連載「松岡功の『今週の明言』」では毎週、ICT業界のキーパーソンたちが記者会見やイベントなどで明言した言葉を幾つか取り上げ、その意味や背景などを解説している。
今回は、ソニーグループ 会長 兼 社長CEOの吉田憲一郎氏と、Qlik Technologies 最高戦略責任者のDrew Clarke氏の発言を紹介する。
「ソニーはモビリティーを再定義する『クリエイティブエンタテインメントカンパニー』になれる」
(ソニーグループ 会長 兼 社長CEOの吉田憲一郎氏)
ソニーグループ 会長 兼 社長CEOの吉田憲一郎氏
ソニーグループは先頃、米ラスベガスで開催された最新技術の見本市「CES」を機に現地で開いた記者会見で、電気自動車(EV)事業を推進する新会社を2022年春に設立すると発表した。吉田氏の冒頭の発言はその会見で、ソニーのユニークな事業スタンスをEV分野で生かすことができるとの自信と意気込みを示したものである。
同社は2020年のCESで自動運転機能を備えたEVの試作車を公開し、欧州などで公道試験を重ねてきた。そうした中で蓄えてきた知見を活用し、EVの事業化に向けた本格的な検討に入った形だ。
記者会見の概要については、ソニーグループのニュースリリースを参照していただきたい。また、それにリンクする形で最新のEV試作車の情報もあるのでご興味のある方は覗いてみていただきたい(写真1)。
写真1:記者会見では最新のEV試作車も登場
記者会見で筆者が印象深かったのは、吉田氏がまず、「クリエイティビティーとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というソニーのパーパス(存在意義)を強調していたことである。その上で、「人に近づく」という経営の方向性のもと、クリエイターやユーザーに近づき、人々に感動をもたらす新たな価値の創出に取り組んでいることを説明した。
なぜ、このパーパスの話が印象深かったかというと、この考え方がEVに向けた冒頭の発言のベースにあることを強く感じたからだ。
吉田氏はまた、メディアなどで「車の価値を『移動』から『エンタメ』に変える」とも述べている。冒頭の発言を言い換えた表現ともいえる。この発想は、いわばデジタルトランスフォーメーション(DX)によるイノベーションであり、自動車業界からするとディスラプション(創造的破壊)の動きである。DXではこうした価値観の大転換が、これからさまざまな分野で巻き起こるだろう。
吉田氏のこうした価値観の大転換を促す発言に、筆者は過去の見立て間違いを思い出した。IT分野の話になるが、かつてスマートフォンが世の中に登場してきた際、筆者は「これは普及しない」と否定的な見方をしていた。なぜ、そう見たかというと、スマホが登場する前に携帯電話が普及し、ネットサービスもNTTドコモの「iモード」を皮切りに広がっていたからだ。
スマホの前身ともいえる携帯情報端末も既にいくつか登場していたが、「もはやタブレットを含めたノートPCと携帯電話の間に市場はない」と思い込んでいた。その見立てが大きく外れたのは、現状を見れば明らかだ。
EVと自動運転の組み合わせは、「車輪がついたスマホ」とも言われる。そう考えると、車の価値はこれから本当に変わりそうな気がする。