現在、世界のさまざまな業界、規模の企業がマルチクラウドの利用を進めています。本連載は、HashiCorpが実施した調査結果をまとめた「クラウド戦略実態レポート(State of Cloud Strategy Survey)」から、企業のクラウド活用状況や今後の利用方針、課題点、クラウドの成功に関連する主要なテクノロジーなど、さまざまな洞察を解説していきます。第7回は、どのような点でさまざまなクラウドが選択されているのかを業種別に解き明かします。
幅広く認知されたクラウドの必要性
本調査から、規模や業界に関係なくマルチクラウドがIT組織におけるデファクトスタンダード(事実上の標準)になっていることが分かりました。特に、デジタルトランスフォーメーション(DX)の必要性からマルチクラウド導入に大量のリソースを投資する企業が多く、既に投資効果を上げ始めています。
また、注目すべきなのは、クラウド移行の重要性や課題感に対する企業の認識が、どの業界でも共通していたことです。例えば、組織のクラウド計画に最も大きな影響を及ぼしている課題の一つが人材とスキル不足であることは、どの業界でも言えることでした。
業界ごとの特徴
あらゆる業界の回答者がマルチクラウドへの移行が重要であると回答していますが、具体的な効果については、業界ごとに異なりました。通信事業者(64%)とソフトウェア業界(57%)はマルチクラウドによる恩恵が大きい一方で、公共部門は苦戦しており、「マルチクラウドはビジネス目標達成に役立っている」と回答した割合がわずか39%でした。
公共部門は、クラウドへの移行に遅れをとっていました。これまで、公共部門の多くは戦略的にシングルクラウドのソリューションに重点を置いていました。しかしながら、例えば米国では、国防省が「Joint Enterprise Defense Infrastructure(JEDI)」クラウドの契約解除後に、新たな提案依頼書(RFP)で複数のクラウドプロバイダーとの契約を模索するようになったことにより、業界全体でシングルクラウドを避けるような動向が見られています。
人材・スキル不足がクラウドへの移行を阻む最大の要因であることは、全ての業界に共通していますが、最大の課題は、業界特有の課題や力学によって変わります。金融業界の場合、当然ながらセキュリティが最大の懸念(59%)であり、規制要件(48%)が続きましたが、コストは他の業界ほど大きな問題ではありません(41%)でした。
一方、公共部門と小売・消費財企業では、社内のスキル不足(公共部門が53%、小売・消費財企業が51%)とコスト(公共部門が50%、小売・消費財企業が47%)が最大の懸念になっています。また、エンターテイメントおよびメディア業界は、予算が潤沢なイメージがありますが、実際にはコストを最も懸念しており、回答者の60%がクラウドへの移行を阻むトップ3の要因として挙げています。
クラウドの導入段階によって企業が直面する課題も異なります。例えばソフトウェア業界は、早期にクラウドを導入していたために、スキルや人材を最大の問題点として挙げておらず、これは当然なのかもしれません。一方で、公共部門のように昔からクラウドなどの技術に精通していない業界は、スキル不足がより深刻です。
図:クラウドへの移行を阻む上位3つの要因(業界別)
業界ごとの力学がクラウドプロバイダーの選択にも影響
クラウド業界をリードするAmazon Web Services(AWS)を利用していると回答した人は、他のクラウドプラットフォームの利用者よりも多いという結果が得られました。ただし小売・消費財企業では、恐らくAmazonとの競合を懸念して、AWSの利用率が低いことも分かりました。小売・消費財企業では、「AWS以外のクラウドを利用している」と回答した人の数が他の業界よりも多く、18%がAWSを「利用する予定がない」と回答しています。
興味深いことに、ヘルスケア(40%)と公共部門(48%)では、「Google Cloudを利用したい」と回答した人の割合が他の業界に比べてかなり低いです。
また、通信事業者(36%)、小売・消費財企業(34%)では、マルチクラウドへの移行を決定した要因の一つとして、「特定ベンダーへのロックイン回避」を挙げています。逆にヘルスケアとエンターテイメントおよびメディア業界は、マルチクラウドへの移行要因としてベンダーロックインを挙げることが最も少なく、AWSを利用する可能性が最も高いことが分かりました。