不確実性の時代に、アジャイル開発で向き合っていこう

第8回:デザイン思考、DevSecOps--単なる開発を超えて(前半) - (page 3)

岡本修治 (KPMGコンサルティング) 和田英樹 (KPMGコンサルティング) 新田明広 (KPMGコンサルティング)

2023-05-17 07:30

デザイン思考が生まれた背景

 デザイン思考という言葉の起源は諸説ありますが、近年になって言われ始めた言葉ではなく、古くは1960年代に概念が生まれたとする見方もあります。しかし、当初から現在のようにビジネスと結びつけて語られていたわけではなく、文字通りデザインに携わる人々(産業デザイナー、建築家、グラフィックデザイナーなど)により製品やサービスを設計する際に用いられていた方法論でした。彼らは、製品やサービスをデザインする際にユーザーの視点に立ってニーズを理解し、それに基づきプロトタイプを作成してテストを行い改善するという手法をとってきました。

 1990年代頃から、ビジネスにおいてもデザイン思考の考え方が適用されるようになり、2005年にスタンフォード大学のd.schoolでデザイン思考の基本的理論やビジネスに応用する手法に関する教育プログラムが開始されたことなどから、ビジネスにおいても広く知られるようになったと考えられています。デザイン思考がビジネスにおいて適用されるに至った背景としては、市場のグローバル化、競争激化、技術革新によるユーザーニーズの多様化などにより、単にモノを作るだけでは売れる時代ではなくなり、ユーザーにとって本当に必要なものを提供する、つまりユーザーエクスペリエンスに重きを置いたサービス設計をすることが勝ち抜くために重要であると捉えられ始めたためであると考えます。

デザイン思考のプロセス

 デザイン思考は、デザイナーの手法やツール類を活用したユーザー中心のアプローチで、ユーザーインサイト(ユーザー内のまだ顕在化されていない隠れた本音・本質)を得ることがその活動の主要な要素となっています。そして、ユーザーインサイトを得るためには、日本の製造業でもよく使われている三現主義にも当てはまり、ユーザーの「現場」でユーザーが使う「現物」をよく観察し、ユーザーの「現実」を把握した上でその本質や、奥底にあるものをひも解いていきます。実際にデザイン思考では、ユーザーをよく観察することから始まります。ユーザーが言葉にしていなくても、行動のちょっとした仕草や態度、表情など感情の変化を拾い上げます。加えて、ユーザーと同じ行動を実践し、ユーザーと同じ目線でなぜそのような仕草や態度をとったのかを探求していきます。

 d.schoolが提唱するデザイン思考を実践するためのプロセスは、「共感」「定義」「アイデア出し」「プロトタイピング」「テスト」の5つに分かれており、必ずしもそれぞれのプロセスを順番に実行するのではなく、常にプロセス間を行き来してもよいとされています(図4)。特に共感のプロセスでユーザーのインサイトを得ることが大切です。それぞれのプロセスについては、ウェブや書籍などさまざまな媒体から情報を入手可能ですので、本稿では詳細な説明は割愛しますが、以下に5つのプロセスの概要を記載します。

  • 共感:インタビューや行動観察を通してユーザーの視点を理解し、そのニーズや課題を把握する。
  • 定義:共感フェーズで収集した情報を分析し、問題や課題を明確に定義する。
  • アイデア出し:定義した問題を解決するためのアイデアを考える。非現実的なアイデアも否定せず可能な限り多くのアイデアを出すことを意識する。
  • プロトタイピング:アイデア出しフェーズで出たアイデアの中から、より具体的で実現可能なアイデアを選び出し、プロトタイプを作成する。
  • テスト:プロトタイプをユーザーに実際に触れてもらい、フィードバックを収集する。そのフィードバックを基に、プロトタイプの改善点や問題点を洗い出し、改良を繰り返す。
図4:デザイン思考のプロセス(d.schoolが提唱した内容を基にKPMGで作成)
図4:デザイン思考のプロセス(d.schoolが提唱した内容を基にKPMGで作成)

 デザイン思考でアイデアを出す場合には、「発散」と「収束」を繰り返すことだとの考えがあり、「発散」ではアイデアの量を重視しています。初めから質を考える必要はありません。アイデアの絞り込みは後から実施すればよいのです。とにかく量を出すことが大切です。化学や平和活動の分野で活躍し2度ノーベル賞を受賞したことのあるLinus Carl Pauling博士の言葉を借りると「よいアイデアを手に入れる最良の方法は、多くのアイデアを手に入れることだ」と、アイデアの量の重要性を説いています。

 また、発案したアイデアは、素早くフィードバックを得られるよう「プロトタイプ」としてアイデアを関係者が理解しやすい形に簡易的に生成していきます。プロトタイプの生成には期間をかける必要はなく、数時間~数日程度の期間で作成できる要素に絞って実現することが肝要です。これによって、時間をかけずに素早く有効なフィードバックが得られ、さらにアイデアに反映していきます。この考えはアジャイル開発にも通ずるところがあり、フィードバックの反映を繰り返すことによって、アイデアが洗練されていくのです。

 ただし、ユーザー起因で素早くアイデアを洗練して新しい価値をいくら見出しても、市場に投入するまでが遅くては環境の変化によって、価値そのものがなくなってしまう恐れもあります。このためにも、冒頭で述べた通り、アジャイル開発を基本として、デザイン思考とDevSecOpsを併せて活用することによって、市場の変化にも柔軟に対応し、洗練されながらもスピード感をもってユーザーに新しい価値を提供できる仕組みが整うようになるのです。

 次回は、アジャイル開発の効果をより高める手法の後編として、市場に投入した後のプロダクトを維持するために必要な運用についてのアプローチとして、「DevSecOps」を取り上げながら解説します。

岡本 修治(おかもと・しゅうじ)
KPMGコンサルティング Technology Strategy & Architecture シニアマネジャー
外資系総合ITベンダーにおいて大規模SI開発をはじめ、ソフトウェア開発プロセス/ツール展開のグローバルチーム、コンサルティング部門などを経て現職。金融、製造、情報通信など業界を問わずITソリューション選定、開発プロセスのアセスメント(評価)と改善、BPR支援などさまざまな経験を有し、中でも不確実性の時代と親和性が高いアジャイルトランスフォーメーションを通じた意識改革、開発組織の能力向上支援をライフワークとし注力している。
和田 英樹(わだ・ひでき)
KPMGコンサルティング Technology Strategy & Architecture シニアマネジャー
大手SIerにてSEとしてキャリアをスタート。金融、公共、情報通信など幅広い業界において大規模なスクラッチ開発を多数経験したのち2017年にKPMGコンサルティングに入社。現職ではIT戦略・DX戦略策定やテクノロジー導入におけるプロジェクト推進のアドバイザリーを主に担当。なかでも大規模アジャイル開発やDevOps導入のコンサルティングに強みを持つ。
新田 明広(にった・あきひろ)
KPMGコンサルティング Technology Strategy & Architecture マネジャー
SEからキャリアを始め、金融、公共、小売りなど幅広く業界を担当し、主に基幹系システムの刷新に携わる。新規事業のプロダクト開発では、ビジネス環境の急速な変化に対応するため、アジャイル開発とデザイン思考を活用し実践。これらの経験を基に、企業のアジリティを高める顧客起点の価値提供を志向したシステム開発手法の推進に取り組んでいる。

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