中国南西部にある貴州省は、かつて政府肝いりでビッグデータ産業を振興し、それに伴ってデータセンターが建設されるなど、内陸部の比較的貧しい地域だ。数多くの少数民族が暮らす、のんびりとした山村が点在する。近年、これらの少数民族の村々にもハイテク化の波が押し寄せている。通信インフラが整った中国各地の農村では、各地の名産物をライブコマースで販売しようという気運が高まっており、貴州省の村々も例外ではない。
貴州省の黔東南ミャオ族トン族自治州にある丹寨県では、1000年は伝承されているという、ろうけつ染めが村の伝統工芸品で、これを中国全土に向けて販売しようとしている。農村発のライブコマースでは、農家が田畑を背景に視聴者に熱く語りかけることで商品の良さが伝わり、購買につながっている。丹寨県では、ろうけつ染めの熟練職人がスマートフォンを使って商品を販売する。安定した通信環境や照明などの撮影機材がそろった専用のスタジオも用意した。
とはいえ、ほとんどの村人が言葉巧みなわけではなく、中国の標準語もうまいわけではない。視聴者との対話や営業トークに苦手意識を持つ人も多いだろう。ライブコマースのため、村内のスタジオに行くにも時間がかかる。そう簡単に売れるものではないのが現実だ。
こうした問題に直面する中、華為技術(ファーウェイ)は自社の技術力の高さをアピールすべく、ライブ配信者にそっくりなデジタルクローン(バーチャルキャラクター)を生成した。同社のクラウド基盤と大規模言語モデル(LLM)を活用することで、視聴者とよどみなく自然な対話ができるようになっている。
具体的には、「Huawei Cloud」の「MetaStudio」というサービスを活用したものになる。5分ほどの人物の動画素材からリアルなデジタルクローンを作成でき、大量のライブコマースデータを学習させることで95%以上のリップシンク(唇の動きと声を同期させること)とプロ顔負けの営業トークを可能にする。リアルタイムの質問にもスムーズに回答でき、多言語にも対応する。
ライブコマースをデジタルクローンに任せることで、職人は本来のものづくりに専念できるようになった。デジタルクローンは疲れを知らないため、24時間休まずにライブコマースができる。少なくとも中国では、商品が生まれた背景やブランドの特徴を知りたい視聴者が多く、職人を前面に出すことでブランドイメージを構築したり、チャンネル登録者を増やしたりできる。余談だが、商品やブランドの印象を高めようと、偽の日本ブランドが偽の日本人を起用する例もみられる。
MetaStudioを提供するファーウェイは、デジタルクローンの領域でハードウェアからソフトウェアまでフルスタックでサービスを展開している。騰訊(テンセント)も「智影」という同様のサービスを提供する。少量の写真や動画をアップロードすることで、深層学習技術を用いてデジタルクローンが生成される仕組みだ。使い方は簡単で料金も手ごろだという。ネット大手の共同が激化すれば、さらに手軽に使えるようになるだろう。
以前の記事で、生身の人間と見間違えるようなリアルなバーチャルキャラクター(AIライバー)によるライブ配信が量産されていることを書いた。ただ、「本物に比べて機敏な動きができない、音声と動作があまり同期していない、音声とアクセントに違和感がある、類似の質問に同じような回答をしてしまう、変化への適応力やアドリブによる良さがない」といった問題点を挙げた。中国のテック界隈でも生成AIは注目が集まっており、ネット大手も積極的に取り組んでいる。
この先は何が起きるのだろうか。民間はもとより、政府や警察でもデジタルクローンを導入する動きがある。今後も導入が進み、そこで大きな問題がなければ、不要になった人員を配置転換することもあるだろう。また、オレオレ詐欺のような犯罪にデジタルクローンが悪用されることにも、警察がいち早く警鐘を鳴らしている。デジタルクローンはあくまでツールであるため、使い方次第で善にも悪にもなるのだが、中国は先んじてその使い方を模索することになる。
- 山谷剛史(やまや・たけし)
- フリーランスライター
- 2002年から中国雲南省昆明市を拠点に活動。中国、インド、ASEANのITや消費トレンドをIT系メディア、経済系メディア、トレンド誌などに執筆。メディア出演、講演も行う。著書に『日本人が知らない中国ネットトレンド2014』『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』など。