はじめに
前回までの記事では、クラウドネイティブなデータ基盤を活用することで得られるビジネス価値や、データサイロ化の解消、さらに組織の枠を超えたデータコラボレーションや人工知能/機械学習(AI/ML)の活用など、新たな価値創出の可能性について紹介しました。
では、クラウドの利点を生かしつつ、全社的にデータを活用するためには何が必要なのでしょうか。この記事では、全社レベルでのデータ戦略を推進し、データドリブンな意思決定を実現するためのデータマネジメント基盤に焦点を当て、具体的な方法論と導入アプローチについて解説します。
クラウド活用から全社データ戦略へのステップアップ
クラウドネイティブ活用の先にある全社データ戦略
クラウド活用により、異なる組織やシステムのデータを集約・共有しやすくなったものの、クラウド上にデータを集めるだけでは全社的なデータ活用は進みません。
全社規模でデータを活用していくためには、ビジネス側が必要とする分析軸や利用ケースを考慮し、組織的かつ戦略的にデータを統合・管理する仕組みが重要です。そのためには、“データマネジメント基盤の整備”と“データ戦略の明確化”、そしてそれを支える“組織体制・文化の構築”が欠かせません。
なぜデータマネジメント基盤が必要か
データマネジメント基盤を導入する最大の意義は、まずデータガバナンスを確立し、顧客データや個人情報といった機密性の高い情報を適切に取り扱う体制を全社的に整備できる点にあります。アクセス制御や権限管理を徹底することで、データの安全性と信頼性を高められます。次に、多種多様な部門やシステムから集まるデータの品質を担保することが重要です。重複や欠損、不整合が生じやすいデータを一元的に評価・管理する仕組みを設けることで、ビジネスにとって信頼できるデータを提供できます。
さらに、こうした基盤が整備されることで、分析部門だけではなく現場のビジネスユーザーも自らデータにアクセスし、意思決定に活用しやすくなります。組織全体のデータリテラシーが向上することで、迅速かつ的確な意思決定が可能となり、企業の競争力強化にも大きく寄与します。
全社基盤として導入する際に考慮すべきポイント
1. データマネジメント基盤の全体像
全社基盤としてのデータプラットフォームを導入する際、まず意識すべきは、自社が目指すデータ活用のゴールを明確にすることです。例えば、経営指標をリアルタイムに統一し意思決定スピードを上げる、部門横断のデータ分析で新しい収益機会を創出する、AI/MLを利用して予測精度や自動化レベルを高める、あるいはマスターデータを統合して運用コストを削減するといったことが挙げられます。これらのゴールを明確にし、優先順位を定めることで、必要な機能やアーキテクチャーの要件が定まります。続いて、その目的に合ったアーキテクチャーや手法を検討します。
特に最近では、以下のような概念が注目を集めています。
- データレイク
大量の生データを一元的に蓄積し、事前に厳密なデータモデリングをせずとも柔軟に取り込みできる仕組みです。AI/ML分析やアドホックなデータ探索に適している反面、ガバナンスをおろそかにするとデータスワンプ(沼地)化するリスクがあり、品質管理やメタデータ管理の仕組みが不可欠です。 - レイクハウス
データレイクの柔軟性に加えて、データウェアハウス(DWH)が持つ強力なクエリー性能やACID(原子性、一貫性、独立性、永続性)トランザクションなどのガバナンス機能を併せ持つ新しいアーキテクチャーです。 - データメッシュ
組織をドメイン単位で区切り、各ドメインにデータのオーナーシップを持たせながら、全社共通のガバナンスルールやプラットフォームを使ってデータを共有する考え方です。中央集権的なデータチームに依存せずに、各部門がデータプロダクトとしてデータを管理・公開していくため、スケーラブルかつアジリティーの高いデータ運用が可能となります。 - オープンテーブルフォーマット
「Apach Iceberg」をはじめとしたオープンソースのテーブルフォーマットを活用することで、ベンダーロックインを回避しつつ、ACIDトランザクションやスキーマのバージョニングなどの機能を実現できます。複数の分析エンジンやクラウド環境で共通のデータを扱いやすくなり、柔軟な拡張が可能です。
これらのアプローチや技術要素は、組織の規模・成熟度や目指すデータ活用モデルに応じて取捨選択する必要があります。
2. 適切なガバナンスとセキュリティの設計
全社基盤に必要なガバナンス
全社的にデータを扱う場合、まずはアクセス制御や認証認可のルールを明確にし、部門・プロジェクトごとに必要なデータを整理することが重要です。次に、メタデータ管理を通じてデータのビジネス定義、作成元、更新履歴を可視化し、現場ユーザーが正しくデータを理解・活用できるようにします。さらに、いつ・誰が・どのデータにアクセスしたのかをトラッキングする監査ログやトレーサビリティーの仕組みを整備し、コンプライアンスやセキュリティ事故に備えます。これらを体系的に設計することで、全社規模でも一貫したガバナンスを保ち、データ活用が加速しても管理が破綻しない体制を築けます。
セキュリティ要件
データを扱う上で、機密情報の保護は最優先事項です。保存データと転送データの暗号化を徹底し、漏えいリスクを最小化します。また、リージョンの選択などを考慮し、各国の法規制(一般データ保護規則〈GDPR〉 や個人情報保護法)に従ったデータの配置を行います。さらに、障害や災害発生時にも迅速に復旧できるようディザスタリカバリー(災害復旧)を備え、重要データは地理的に離れた複数拠点にバックアップを確保します。こうしたセキュリティ対策とガバナンス設計を全社で推進することで、全社基盤への信頼性が高まり、データ活用の範囲やスピードも拡張しやすくなります。