PCが生活やビジネスの中に深く入り込むことで、PC内蔵のハードディスクドライブ(HDD)や外部のストレージに蓄積されるデータ量は爆発的に増加している。合わせて、そこに蓄積されているデータの重要性も高まっており、過失や不慮の事故など、何らかの原因でそれらのデータへのアクセスができなくなった場合、特にビジネスの場面では、甚大な金銭的損害へとつながってしまう可能性も高まっている。
そうしたリスクを回避する観点から、企業のITシステムにおいてはバックアップやディザスタリカバリシステムの必要性が強調されている。しかし、リスク回避のために割けるリソースが潤沢な大規模企業は別として、多くの中堅、中小規模企業では、そうした備えにまではなかなか手が回っていないのが現実ではないだろうか。
さらに、バックアップシステムが用意されている環境でも、個人が作業を行うPCや、USBメモリ、SDカード、コンパクトフラッシュなどのメモリデバイスなどまではフォローできない場合がほとんどだ。持ち運び可能なノートPCや、デジタルカメラ、携帯に便利なデバイスが広く普及している現状では、そうした場所に重要なデータが保存され、何らかの原因でアクセスできなくなるといった状況は十分に起こりえる。
「うっかり、ゴミ箱を空にしてしまった」「HDDからデータが読み出せない」「メモリカードにアクセスできない」といった状況が起きた場合、そこにあったデータが重要なものであるならば、多少のコストはかかったとしても、何らかの方法でデータを復旧させたいという要求が出てくる。実際に、市場には「データ復旧ソフトウェア」もしくは「データ復旧サービス」と呼ばれるものが多く存在しており、その認知度も年々拡大している。
この特集では、そうしたソフトウェアやサービスの概要や、実際の利用にかかるコスト、それらの効果的な利用方法について紹介する。
なぜデータは「復旧」できるのか?
具体的なソフトウェアやサービスの紹介に入る前に、「なぜ、OSから読み出せなくなったデータが復旧できるのか」について、簡単な概略を説明しておきたい。
HDDやフラッシュメモリデバイスなどの記憶装置でファイルを読み込んだり、保存する場合、WindowsなどのOSは「ファイルシステム」と呼ばれるOS固有の定められた管理方法にのっとって、そのデータを管理する。
右の図では、例としてWindowsなどで用いられるFATと呼ばれるファイルシステムの主な要素を挙げている。MBR(Master Boot Record)は、PCの起動時に最初に読み込まれる領域で、起動後、一番最初に実行されるプログラムや、HDD内が複数の領域に分かれている場合に、それがどこで分けられているかといった情報が書き込まれている。
OS上で「ファイルを保存する」という場合には、実際のデータ本体が「データ領域」に書き込まれるだけでなく、データ本体が装置上のどの位置に書き込まれたかという情報がFAT(File Allocation Table)に、ファイルサイズやデータ本体の開始位置などがディレクトリエントリにそれぞれ記録される。逆に、データを読み出す場合は、このそれぞれの情報を元にして、データ本体の記憶領域の中から、読み出す必要のある一連のデータをひとまとまりの「ファイル」として取り出すことができるようになっている。
さて、OS上で「ファイルを削除する」(ゴミ箱を空にする)という作業を行った場合、基本的にファイルシステム上では、FATとディレクトリエントリ上の情報が消され、それによってOS側からは、「ファイルが削除された」と認識される。データ領域上にある実際のデータは、逐一削除されているわけではなく、ファイルシステム上では「空っぽ」と認識されているその場所に、新たなデータが上書きされた際に、事実上消滅することになる。
ユーザーが、意識的にファイルを削除した場合には、ファイルシステム上のデータの消去は正当な手続きを経て行われるが、例えば、何らかのハードウェア的な障害、ソフトウェアの誤動作、さらには電気的な異常といった原因により、このファイルシステムが壊れてしまい、OS側から正常にアクセスできなくなってしまった場合などにも、「ファイルが読み込めない」という状況は発生する。データ領域に実データは存在するにもかかわらず、その位置やファイルとしての構成に関する情報が失われてしまった状態だ。
いわゆるデータ復旧ソフトウェアやデータ復旧サービスでは、データ領域に残された実際のデータを直接読み取った上で、残されたFAT、ディレクトリエントリの情報から、ファイルを本来あるべき形に復旧させることを試みる。ファイルシステムはOSやOSのバージョンなどによっても異なるほか、複数のファイルシステムを利用できるOSなどもあるが、基本的な考え方は同じだ。
一時期ニュースなどでも取り上げられた「廃棄されたPCからの個人情報流出」といった事件の中には、こうしたファイルシステムの特性を悪用したものもあったようだ。OSの基本機能として利用できる「フォーマット」や「領域解放」といった機能は、実データを記憶媒体から完全に抹消するためのものではないからだ。