東京大学先端科学技術研究センターと富士通は8月5日、共同で記者会見を開催し、がんの治療薬開発に利用するスーパーコンピュータを構築したと発表した。世界で初めて、複雑なタンパク質同士の相互作用を分子動力学でシミュレートし、人工抗体を設計する。実現すれば、効果的で副作用も少ない、画期的ながん治療が可能になると見られている。
国の最先端研究開発支援プログラム「がんの再発・転移を治療する多機能な分子設計抗体の実用化」のために導入したもの。ブレードサーバ「PRIMERGY BX922 S2」(Xeon X5650×2CPU)を300ノード使用したPCクラスタシステムになっており、ピーク性能は38.3テラフロップス。約4億円をかけて富士通が開発し、8月1日に稼働を開始した。
この研究で狙っているのは、再発や転移を伴う進行がんの治療に使える抗体医薬品の設計。人工抗体を作り、がん細胞のみを狙い撃ちしようというもので、従来の抗がん剤による治療に比べると、副作用が小さいというメリットがある。
抗体医薬品自体は従来もあったが、この研究では新しい手法として、分子動力学によるシミュレーションを取り入れた。分子1つ1つの動きを計算する分子動力学を使えば、抗体と抗原(がん細胞)の相互作用を正確に知ることができ、より効果的な抗体の設計が可能となる。しかしタンパク質同士の相互作用は複雑で、周囲の水分子まで模擬する必要があることから、計算量が膨大になって従来は難しかった。
そのため、この研究のための専用機として、スパコンの導入を決めた。最近はペタクラスの計算機も出てきており、それに比べると性能は2桁ほど落ちるが、それでも地球シミュレータとは同等の能力。これを占有できれば、計算リソースとしては決して小さくない。納入した富士通TCソリューション事業本部の山田昌彦本部長も「このくらい大きなシステムを研究室レベルで単独利用するのは初めてのケースでは」と驚く。
この研究では、肝臓がん、大腸がん、肺がんといった3種類のがんをターゲットとして、新しい抗体医薬品を開発する。
中心研究者である東京大学先端科学技術研究センターの児玉龍彦教授は、「薬の開発には特許があるので、2番手になると実用化できない。1番になるしかない。全力で取り組んで、2年半で人工抗体の設計を終えたい。3月からの5カ月で、世界トップレベルの計算機をフルに使えるように仕上げられた。このスピードを持って、いまの患者さんが生きているうちに薬を実用化したい」と意気込む。
ただし、まだ計算能力は足りないという。児玉教授は「このシステムでは、1つの計算に10日くらいかかるが、これだと10種類も計算すると100日になってしまう」と指摘。時間がかかりすぎるとした上で、今後については、「計算能力が2桁は足りない。1〜2年の間にペタクラスにバージョンアップして、こういった計算を1日でやれるようにしたい」と期待する。
臨床試験もあるため、薬の実用化は「早くても6年後」(児玉教授)。将来的には、次世代スーパーコンピュータ「京」も活用して、抗体医薬品の開発をさらに発展させていく意向だ。