アップルはジョブズ氏の後継計画を開示すべきなのか?

飯田哲夫(電通国際情報サービス)

2011-03-01 08:00

 2月23日に開催されたAppleの株主総会。その議案として話題になったのが、Steve Jobs氏の後継者計画を開示せよという株主からの要望だ。結局、この議案は否決され、後継者計画は開示されないこととなった。

 とはいえ、ロイターによれば、30%の株主が後継計画の開示を求めたという。確かに誰もが気になるテーマではあるが、Appleは後継計画を開示するべきなのだろうか?

なぜJobs氏の後継問題は重要なのか

 現在のAppleは2000年に復帰したJobs氏の強いリーダーシップによって成功に導かれたと言われる。企業の競争優位を成り立たせる要素が、以下の3つであるとすると、Jobs氏の存在はその条件を満たすこととなる。

  1. 顧客にとって価値がある
  2. 競合他社より収益性が高い
  3. 容易に真似ができない

 特に、3つ目の要素は、クローンを作ることができない以上、Jobs氏はその要件を完璧に満たす。しかし、それが意味することは、この競争優位が組織ではなく、個人に大きく依存しているということである。

 つまり、Jobs氏の後継計画は、単に誰が引き継ぐかという問題ではなく、Appleの競争優位の再定義に他ならない。ゆえに、将来の企業価値が気になる株主としては是非とも知っておきたい情報なのだ。

公開することの意味

 Apple側は、後継計画の公開は競合他社を利することとなり、また幹部社員の引き留めが困難になるとして拒否の姿勢を示していた。その内容にもよるだろうが、企業が競争優位の源泉を他社に開示することに積極的な意味は見出しがたい。新たにすごい個人を連れてくるという後継計画でないならば、少なくとも現在よりは真似することが容易(不可能ではないという意味で)な内容となるであろうからなおさらである。

 一方、株主が後継計画を知りたいという主張も判らないではない。なぜならば、競争優位の源泉が変わる以上、内容如何によってApple株を保持し続けるべきなのか、売却すべきなのかの判断を行う必要があるからだ。

 しかし、仮に後継計画が公開されたとすれば、その内容はすぐに株価に織り込まれてしまうから、その内容によって何らかの判断を行っても最早手遅れであろう。あるいは、Jobs氏の退任がそれほど遠い将来ではないとすれば、すでに価格に織り込まれている可能性すらある。その場合、後継計画に余程のサプライズがない限りは株価も大きく変動しないことになる。

動じない株価とプラットフォームビジネス

 ところで、Jobs氏が今回入院したことに伴って株価はどう変動しているのだろうか。株価チャートを見てみると、Jobs氏の“Medical Leave”が明らかになった1月17日から数日間は株価が低迷するが、その後また復調しているのが判る。これはAppleの業績自体が好調であることにもよるが、Jobs氏不在の影響が徐々に小さくなってきていることを意味しているとも取れる。

 経営者の役割の一つとして、本人が居なくなったとしても、ビジネスが成長し続ける仕組みを作るということがある。これは、一つには後継者の育成などの人的な達成ということもあるが、もう一つにはビジネスモデルの構築ということがある。

 Appleの場合、現在のビジネスモデルは単にハードウェアを販売したり、ソフトウェアを販売したりという特定のプロダクトに依存するものではない。ご存知の通り、「iPod」や「iPhone」などのデバイスを起点としつつも、その上に音楽やソフトウェアなどのコンテンツを流通させるエコシステムで儲けるプラットフォームビジネスとなっている。

 こうしたプロダクトビジネスからプラットフォームビジネスへの移行も、特定個人のアイデアのみに依存しにくい競争優位への遷移を意味しており、将来予想されるJobs氏退任のインパクトを和らげているのではないだろうか。もしかすると、Jobs氏の後継計画とは、誰かを指名することではなく、自分がいなくても収益を上げ続けるビジネスモデルを構築することではないだろうか。

飯田哲夫(Tetsuo Iida)

電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。1992年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。

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