決済サービスの開発競争に見る新しいリテール金融のあり方

飯田哲夫 (電通国際情報サービス)

2011-05-31 08:00

 最近、米国の小口決済サービスのビジネス開発が凄まじい。eBay傘下のPayPalがその口座数を拡大する一方、そのPayPalから幹部メンバーを引き抜いたGoogleが新たにモバイル決済サービスを開始する。これはPayPalがGoogleを訴える事態にまで発展しており、新興勢力間でもオンライン決済、モバイル決済の主導権争いは激しい。

 一方で、銀行陣営もそれに対抗するために、JPMorgan Chase、Bank of America、Wells Fargoが「clearXchange」と呼ばれるジョイントベンチャーを立ち上げ、新サービスの提供を目論んでいる。これら新旧陣営のサービスの狙いの違いから、これからの金融サービスの可能性を考えてみたい。

新旧陣営のサービスの相違

 CNET Japanの報じるところによると、新サービスに関してGoogleは、「『明日のショッピングを最大限に快適にする』ため、小売体験のすべてを統合する計画である」と述べている。新しい決済サービスは、モバイル決済の「Google Wallet」とクーポンサービスの「Google Offers」を統合し、「ユーザーが携帯電話で買い物をする際のクーポン、割引、支払いを統合する」ものであるという。

 一方、ロイターによれば、米銀3行が設立するclearXchangeが提供するサービスは、携帯電話番号や電子メールアドレスによる資金移動を可能とするものだと言う。それぞれのサービスが成功するか否かは別として、そのサービスのコンセプトには大きな相違がある。

利便性を超えるサービスの開発

 銀行陣営がclearXchangeで提供しようとしているサービスは、口座番号や銀行コードなどを入力する現在の送金サービスに比べると格段に便利になる。これは資金の移動という金融機能に関して、銀行間の境目を無くし、大いに利用者の利便性を高めることとなる。一方で、このサービスは、その送金が何のために行われるのかには踏み込んでいない。

 一方のGoogleの決済サービスは、むしろその利用目的にフォーカスしている。つまり、消費者が資金を移動させる目的であるショッピングを快適なものとするために、クーポンや割引の提供から始まって、購買から決済へ至るプロセスをシームレスに連携させることを目指している。つまり、決済という金融機能の提供ではなく、ショッピングに関わる体験の質を向上させることが狙いである。

 この相違は、clearXchangeが、何らかの目的を達成するために行われた行為の結果である「資金移動」の利便性向上にフォーカスしているのに対して、Googleが、「ショッピング」という資金移動の目的である行為そのものの体験の質の向上にフォーカスしている点にある。

新しい金融サービスの可能性

 最近の金融系ベンチャーの一つの特徴は、金融サービスそのものではなく、金融サービスを必要とする要因となった消費者のニーズそのものに応えようとする点にある。Googleの決済サービスは、決済機能そのものではなく、資金移動を生じさせる源であるショッピングの質の向上を目指している。また、貯蓄サービスの「SmartyPig」は、貯蓄というものが、何らかの消費行為のために行われていることに着目し、リテーラーとの提携によるディスカウントの提供など、金利とは異なるメリットを消費者に提供している。

 面白いのは、これらの新しい金融サービスもバックボーンとしては既存の堅牢な金融サービスを活用している点である。消費者視点のユニークなサービスは、そのインフラの上に付加されて、生活の質の向上に貢献しているのである。

 Googleであれば、CitiやMasterCardと提携してサービスを構築している。SmartyPigも、預金受入れについては既存の銀行との提携によって実現している。

 今後も新しい金融サービスの開発に際し、既存の金融機能を活用しつつも、新規事業者が消費者の視点から新しいサービスを付加する形態が増える可能性がある。なぜなら、高い公共性を兼ね備える金融サービス業は、様々な規制への対応を余儀なくされることから資金面でもノウハウ面でも参入障壁が非常に高い。

 一方で、こうした参入障壁の高さが金融サービスのイノベーションを阻むこととなる。これを解決する一つの方法が、既存の金融機能と消費者視点の金融サービスを組み合わせた形態となる。今後もこうした新しい金融サービスの提供に期待したい。

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飯田哲夫(Tetsuo Iida)

電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。1992年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。

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