ソーシャル・ビジネス--利潤を追求しない企業体はあり得るのか?

飯田哲夫 (電通国際情報サービス)

2011-07-05 08:00

 とあるインドの村が名前を「Snapdeal.com」に改称したという(TechCrunch)。なんでこんな名前になったのか? それは、インドでオンラインクーポンのビジネスを営む「Snapdeal.com」という企業が、この村のために手押しポンプを設置して、水の供給が改善されたからであるという。これはSnapdeal.comが社会的責任を果たすための一環として行ったものである。

 この試みは、貧困に喘ぐ地方の村に対する支援として評価される。一方で、それは必ずしも自律的・持続的なものではなく、あくまでSnapdealの経営状況や株主の意向に左右されるものである。これに対して、グラミン銀行の創設者で、2006年にノーベル平和賞を受賞したMuhammad Yunus氏の唱えるソーシャル・ビジネスの枠組みは、これを持続可能な仕組みとして提供しようとする(今回取り上げるテーマは、SNSなどのテクノロジを活用したビジネスモデルの話ではなく、社会的課題の解決を目指すビジネスモデルの話である)。

持続可能なソーシャル・ビジネス

 Yunus氏によれば(『ソーシャル・ビジネス革命』)、ソーシャル・ビジネスとは持続可能な組織によって営まれるものであるが、その経営目的は利潤の最大化ではなく、貧困などの社会的課題の解決にある。従って、財務的・経済的な持続可能性を実現しつつも、投資家は投資額以上のリターンは得られず、利益は経営の拡大・改善のために留保される。

 Yunus氏の設立した貧困者専門のグラミン銀行は、月に1億ドル以上を融資してその返済率は98%であるという。その融資は無担保で、最貧困層を対象としている。そして、融資を受けた人々は、得られた資金を活用してビジネスを営むことで貧困から脱却を図る。グラミン銀行は利潤を生むことを目的とはしていないが、その借り手の数は800万人にも及び、更にはアメリカの貧困層に対して融資を行う「グラミン・アメリカ」が設立されている。

 つまり、ソーシャル・ビジネスとは、持続可能な収益を上げつつ、その設立目的である社会的課題の解決のために再投資を行っていく。しかし、利潤追求を目的としないビジネスモデルというのは、そもそもあり得るのだろうか? 資金の出し手がいるのか、また、こうした事業モデルが競争環境を歪めてしまうのではないかという疑念が湧いてくる。

利潤を追求しないこと

 一般的には利潤を追求しないビジネスモデルというのはあり得ない。それは、投資家があるビジネスに対して資金を出すのは、そのビジネスの成長とリターンに対する期待からであり、そこで働く従業員は、企業の成長と自己の成長を重ね合わせる。一方のソーシャル・ビジネスは、利潤の追求自体を否定はしないが、それが事業の目的ではないため、全てが事業への再投資へ向かうこととなる。

 しかしながら、Yunus氏の定義するソーシャル・ビジネスが寄付や慈善事業と異なるのは、事業としての自律的な持続性を担保することの重要性を説いている点である。従って、事業そのものは社会的課題の解決のために拡大・成長し、また、それを実現するのに必要な待遇が従業員に対しては与えられる。

 それでも、決して認められることがないのは、投資家に対するリターンであるが、寄付や慈善事業へ投じられる資金がソーシャル・ビジネスへ回れば良いのだとも言える。ソーシャル・ビジネスは持続可能な事業体であるが故に、一般のビジネスと同様にリターンを期待してしまうのであるが、その性質は寄付によって賄われる一過性の慈善事業を、持続的な事業体に発展させるに過ぎない。従って、その投資資金はいわゆる事業性資金ではなく、社会的責任に基づく資金として位置付けられるものだ。

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