製品ライフサイクル管理(PLM)ソフトベンダーのPTCジャパンは12月6日に同社の事業戦略や製品、技術の最新動向を解説するイベント「PTCLive TechForum」を東京都内で開催。基調講演には、元サムスン電子常務取締役、東京大学大学院経済学研究科ものづくり経営研究センター特任研究員/日韓IT経営協会会長の吉川良三氏が「グローバル市場を見据えた製品開発~サムスン電子の躍進に学ぶ~」との表題で登壇した。
吉川氏は、日本の1人当たりGDPの世界順位が2000年に3位、2008年に23位になり、世界のGDPに占めるシェアは同じく14.3%から8.9%になったことを指摘、「日本の経済的地位は低下している」と語る。その背景として吉川氏は「ものづくりの構造が変化していることを日本の企業の多くは気づかなかった」と説明する。
「日本企業は海外に進出し、生産などに着手したが、それは真のグローバル化だったのか。低コストの国に拠点を設け、そこで生産するだけであるなら、グローバル化とは異なる」とも主張する。グローバル化とは、市場として期待される場所に工場や拠点を置いて、その国の文化に合った地域密着型ものづくりをすることであると吉川氏は定義する。
吉川氏によれば「日本の製品が敗北し始めたのは、アナログものづくりの構造が変化してから」だという。日本勢は、いわゆる摺り合わせ型が主流で、さまざまな部品、生産要素を独自設計し、固有の技術やノウハウを用い、製品を組み立てた。しかし、各社独特の高度な技術はブラックボックス化した。
「デジタル技術の進化で生産要素はモジュラー化し、製品はどこでも誰でも作れるようになった。2003年頃からは新興国でも、白物家電程度は生産できるようになった。日本企業は考え直すべきだ。今では日本企業にしか作れないものは少なくなっている」のが現状だという。
吉川氏は1988年に初めてサムスン電子を訪れた。当時の同社は「町工場の集まりといった印象だった」という。その後1997年に韓国は深刻な経済危機に遭遇、経営破綻する財閥まであらわれた。サムスン電子も危険な状態となったが、同社は当時、グローバル化とデジタルものづくりへの転換を目指し、大幅な経営変革を図った。
「韓国は当初、欧米をはじめとする先進国を中心とした市場を見据えていた。これでは、市場規模はわずか5億~6億人に過ぎないが、新興国を含めると30億人に跳ね上がる」。新興国はかつて、生産拠点でしかなかったが、最近では消費国になっている。「それは韓国勢の活躍によるところが大きい。日本企業は、新興国では日本の製品を買えるようにはならないと考えていたのではないか」と指摘する。
サムスン電子はグローバル化実現のため、(1)環境の変化に対する素早い対応(2)経営戦略の転換(3)新しい開発戦略の構築(4)利益の出るIT戦略(5)グローバルに対応する人材の育成――という5つの戦略を策定した。
吉川氏は「ITをもっと利益の出るものに変えることが重要になる。日本企業は依然、ITを単なるツールとしてしかとらえていない傾向があるのではないか。ITをグローバルにどう利用し、利益に結び付けていくかの戦略が必要になる」と主張。人材の育成についても日本企業は「まず、英語さえ習得しておけばいいとの傾向があるが、グローバル化には進出していく先の各国の現地語こそ重要だ。サムスン電子は1998年以降、現地語を徹底的に叩き込む手法を導入した」という。
製品開発戦略の転換は、フォワード型開発からリバース型への移行が要諦であると吉川氏は語る。フォワード型は、マーケティングや商品企画から始め、機能設計、構造設計を経て生産へ、というように文字通り、順序立てて開発を進行させる。一方、リバース型は、製品の発想をいったん要素機能に分解し、さまざまな条件を勘案して開発していくものだ。
「ものをつくる過程を分析し、設計思想まで戻って、たとえば必ずしも必要でない機能は削る。単に製品を分解して構造設計を模倣するだけなら、それはコピー商品になる。ここが、リバース型とコピーが大きく異なる点だ」
※クリックすると拡大画像が見られます
「QCD(Quality、Cost、Delivery)も国ごとに考え直さなければならない。日本企業が提示する品質は(料理のメニューなどの)松竹梅でいえば“松の上”くらいしかない。それだけでは高コストになる。品質にも松竹梅があるべき」と吉川氏は述べる。“松”の品質は価格も高くなり、新興国では売れない。「日本では企業や技術が品質を決めているが、品質は顧客が対価により決める」
吉川氏は日本企業復活への提言として「危機感は時の経過とともに忘れられてしまう。重要なのは、常に危機意識をもつことだ。また企業は顧客を間違えていないか。たとえば、自動車メーカーはディーラーを顧客だとみているのではないか。顧客の顧客の要求を考えるべき」と主張。グローバル化、デジタルものづくりへの転換などを含め、これらの問題点を「いま一度十分、論議してみてはどうか」と述べた。