指標として欲しい「ATPU」や「ARPT」
各ユーザーによる設備の利用規模を知りたければ、そのユーザーがどのぐらいの通信量をネットワークに送り出したか、あるいはネットワークから受け取ったかを考えるべきである。
すなわち、キャリアの経営指標としてはARPUだけではなく、単位ユーザーあたりのトラフィック量(Average Traffic Per User:ATPU)や単位トラフィックあたりの売り上げ(Average Revenue Per Traffic:ARPT)とでもいうべき指標も併せてみることが適切であることが分かる。
通信会社の苦悩とは、このATPU(ユーザーあたりのトラフィック量)が増えているにもかかわらず、これに比例してARPUが上がらないことなのである。違う言い方をすれば、ARPT(トラフィックあたりの売り上げ)が下がっている、ということなのである。要するに、自分の最も重要な商品がどんどん値下がりしている、ということがキャリアの苦悩の本質なのである。
とはいえ、利用者としては通信事業者の商品が値下がりしている、という実感はないであろう。実際、利用者が通信事業者に支払う料金が減っているわけではない。
どういうことか? これを考える前に、もう一つ違う視点を。
キャリアにとって、設備を使ってもらうことは本来、喜ばしいことであるのに、現状ではあまり設備を使わないように、という動きが見られる。
Wi-Fi(やWiMAXへの)オフロード、という言葉を耳にしたことがあるであろう。第3世代(3G)あるいは第4世代であるLTEのネットワークをユーザーが使わないために、わざわざ別のネットワークに振り向けているのである。通常であれば、利用状況に応じて課金する産業において、利用を断るということはあり得ない。それを行っているのが今のキャリアなのである。
なぜこのようなことが起きるのか。
携帯電話が「電話」であったころは、利用者に使ってもらうこと、すなわち電話で話してもらうことが、収益の増加に直結していた。しかしながら、メールやiモードをはじめとするデータ通信が主要なトラフィック源となった後、トラフィックの増加がキャリアの収益の増加とは直結しなくなってきたのである。テザリングサービスの開始や、モバイルルータ(いわゆるポケットWi-Fi)の発売に伴い、この傾向は加速している。
特に、2007年に新たな移動体通信事業者が市場に参入してから、データ通信市場は熱気を帯び、すべてのキャリアが新規加入者獲得のため定額制の料金体系を取ったことから、このような状況になった。定額、すなわち前述の通り、ユーザーの支払額が減っているわけではなく、支払額あたりのトラフィック量が増えているのである(定額制の是非については、連載の後半でまた分析してみたい)。
もう一つ最後に。現状では、各キャリアとも複数のネットワークを並行的にオペレーションせざるを得ない状況になっている。3GのネットワークとLTEのネットワークはもちろんのこと、各キャリアにとって非常に重要な位置を占めるようになったWi-Fi網や、キャリアによってはWiMaxやTD(時分割多重)のネットワークも所有・運用している。そしてもちろん、無線のネットワークのみならず固定網も存在する。
キャリアにとって複数のネットワークを所有することはもちろん、それを保守・運用していくことは非常に大きな負担なのである。
その負担は、設備の減価償却といった財政的な負担のみならず、それぞれの技術に長けた保守・運用者の採用・育成といった人事面、オペレーションや課金のためのシステム(OSS/BSS)といったITの側面、そしてそれぞれの利用者に対する顧客サポート機能といった、多岐にわたる負担が発生しているのである。
収益の伸びについてはなかなか好材料を見出すことができず、一方ではコスト・オペレーションの負担の増加は確実に見えている。OTTとの競争もあり、「キャリアは苦悩している」のである。
次回は、完成品メーカーのみならず、パーツメーカーやOSなど、さまざまなプレーヤーが競争と協調の関係を構築している携帯電話端末産業について考えてみたい。
- 菊地 泰敏
- ローランド・ベルガー パートナー
- 大阪大学基礎工学部情報工学科卒業、同大学院修士課程修了 東京工業大学MOT(技術経営修士)。国際デジタル通信株式会社、米国系戦略コンサルティング・ファームを経て、ローランド・ベルガーに参画。通信、電機、IT、電力および製薬業界を中心に、事業戦略立案、新規事業開発、商品・サービス開発、研究開発マネジメント、業務プロセス設計、組織構造改革に豊富な経験を持つ。また、多くのM&AやPMIプロジェクトを推進。グロービス経営大学院客員准教授(マーケティング・経営戦略基礎およびオペレーション戦略を担当)