ガートナー ジャパンは3月10~11日、イベント「エンタプライズ・アプリケーション&アーキテクチャ サミット 2014」を開催。初日のゲスト基調講演には一橋大学大学院 国際企業戦略研究科 教授の楠木建氏が登壇し、「戦略ストーリーを創るセンス」をテーマに事業経営での“ストーリー”の考え方、それを支える人材の“センス”について考えを披露した。
楠木氏によると、事業経営とは、科学のような大発見があるのではなく、これまでしてきたことを“当たり前”のように行っていくことだという。そして、戦略とは、その中で“違いをつくる”ための論理となる。
例として、現在の三越である江戸時代の越後屋呉服店の戦略を挙げた。越後屋呉服店は、日本で初めて現金掛け値なしで商売した店だ。そして1つの商品に1人の店員を付け、顧客満足を高める工夫を行った。ほかとは違う商売で顧客に満足してもらい、客足を増やす。こうした戦略は今も昔も当たり前のことであるが、この当たり前を追求することが大事なのだという。
ベストセラーとなった『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』の著者である楠木建氏
楠木氏は戦略について「戦略にはつながり、ストーリーが必要だ。しかし、ストーリーとはビジネスモデルのような取引上のつながりではない。“なぜ”のつながりがストーリーになる」と説明した。
たとえば、「なぜ利益が出るのか。なぜなら、われわれだけがこれができるからだ」という問いから「ではなぜ、これができるのか。なぜなら、われわれの顧客がそうなっているからだ」「ではなぜ、顧客がそうなっているのか。なぜなら、われわれがもともとこういったことをやっているからだ」などとなる。この過程を時間軸に沿って整理したものがストーリーになる。
戦略ストーリーの事例として、日本マクドナルドが取った戦略を説明した。日本マクドナルドではおよそ10年前、社長に就任した原田泳幸氏が業績を急回復させたことで知られる。
原田氏はまず、それまで作り置きをしていた商品を注文が入ってから作るようオペレーションを変更し、設備に投資し、味の改革をした。次に「100円マック」を打ち出し、派手な値引きを宣伝する。それを機に客足を戻したところで初めてメニューを拡充する。客足が安定すると、期間限定メニューで新顧客を得る。それを経て、ようやく不採算店舗を切り捨てるに至ったという。
楠木氏は、もしオペレーションや店舗を改革せずに100円マックを打ち出したたとしたら、改革は失敗していただろうと指摘する。「ストーリーとは常に時間を“背負って”いる。バラバラに取り組んでも失敗する。原田氏がやったことは不思議でもなんでもない、当たり前のこと。だが、ストーリーが優れているために戦略として成功できた」
もっとも、このような戦略は理解はしていても応用が難しいケースがある。その背景にあるのが、担当者と経営者の仕事が入り交じっていることだという。“担当者”と“経営者”というのは、それぞれ“スキル”と“センス”という言葉に言い換えられる。
スキルとは、たとえば、英語やITのように、修得する方法が確立されている個別の専門分野のことだ。一方、センスとは、たとえば、女性にモテるといった修得する方法が確立されていない分野のことだという。
楠木氏によると、今の企業はスキルに頼りすぎているという。スキルは修得する方法が確立されており、優秀かどうかの判断が容易であるため、人や物事の判断材料にしやすいのだ。
だが、ストーリーに必要なのは、全体を見るセンスだ。センスがなければ戦略ストーリーは立てることは難しく、スキルをつかって個別の組み合わせで戦略を立てようとすると失敗することが多い。そして、企業経営には、センスのある人材が欠かせないものとなる。
しかし、センスはスキルのように修得することはできない。センスを個別化して修得した気になっても、それはセンスではないからだ。モテるスキルを身につけても、たいがいモテるようにはならないのと同じだ。
「センスは育てるものではなく育つもの。そして、企業はセンスを育てられないが、センスが育つ土壌を作ることはできる」と説明した。これは、担当者が行うような個別の業務でなく、個別の業務がいくつかまとまった商売の小さい塊をセンスのある人材に任せることだという。そうした経験を積ませることによって、センスは育ち、戦略ストーリーが立てられる人材になる。
「スキルは100人いれば、100人持っているのが望ましいものだ。しかし、センスは100人の中で3人持っていれば、十分だ。このセンスを持った3人を見極めている企業と見極めていない企業では差が開く。いかにしてセンスを持った人材を見極め、育つ土壌を作るかが企業にとって大切なことだ」