7月17~18日、東京都内でイベント「AWS Summit Tokyo 2014」が開催された。初日の基調講演には、Amazon.comの最高技術責任者(CTO)、Werner Vogels氏が登壇。ゲストスピーカーとともにIaaS/PaaS「Amazon Web Services(AWS)」の活用事例と最新情報を解説した。
ゲストスピーカーとしては、NTTドコモ 執行役員 研究開発推進部 部長 栄藤稔氏、エイチ・アイ・エス 執行役員 本社 情報システム本部 本部長の髙野清氏、マネックスグループ代表執行役社長で最高経営責任者(CEO)の松本大氏、国立情報学研究所所長の喜連川優氏が登壇した。
Amazon.com CTO Werner Vogels氏
ロードマップは顧客が決めている
「今やITは問題ではなくなった。ITで差別化を図るのではなく、同じIT基盤を利用して、異なる商品やサービスで差別化を図っている。提供する商品こそが成功につながることを知っているからだ」
Vogels氏は、スタートアップから大企業までのあらゆる規模や業種の企業がAWSを利用している現状について、そう強調した。その典型的なケースはホテル業界だという。
旅行中の家屋を旅行者に貸し出すサービスを展開するAirbnbは、1日あたり15万人の利用者がいる。ユーザー数は2013年1月に400万人だったが、この6月には1500万人と急速に拡大。稼働している仮想マシンサービスの「Amazon Elastic Compute Cloud(EC2)」のインスタンスも当初二十数個だったものが、2014年には1300へと拡大した。
「大手ホテルと変わらない規模だ。しかし、ITの運用チームはほんの5人。AWSで使ってアジャイル開発で顧客が求めるものを提供している。大手ホテルも同様だ。Four Seasonsなどの老舗ホテルは、新しいデジタルサービスを立ち上げて他社との差別化を図っている。また、(ドイツのホテル)Kempinskiは、ERP(統合基幹業務システム)やベンダーマネジメントシステムなどをすべてAWSに移行した。多くの企業がアジリティが大事だといい、顧客志向のサービスをいち早く立ち上げようとしている」(Vogels氏)
なぜこうした動きが進んできたのか。Vogels氏はその背景には不確実性が増したことがあると説明する。
製品が増え、競争は激化する中で商品や企業に対する顧客ロイヤリティは低下した。10年前は同じ顧客が同じ商品を次も買うことを確信できたかもしれないが、現在はそうではない。
そうした不確実性に対処するために、アジャイルやクウラドへの対応が不可欠になったのだという。つまり、オンデマンドでのリソースの取得、不要になったリソースの解放、使った分だけの支払い、他社のコアコンピテンシーの活用、固定費の変動費化といったアプローチの採用が進んだのだという。
「もっとも、これは人事や製造などIT以外の他部門では昔から行われてきた。IT部門だけが違ったということだ。その理由は、IT部門が“人質”になっていたからだ。ITプロバイダーと長期契約することで、企業は異なるテクノロジを速やかに採用することが難しくなった」
Vogels氏は、その一方でAWSはベンダーロックインとは無縁だという。AWSはそうしたITプロバイダーと何が異なるのか。その背景にあるのがAWSが、Amazon.comという「顧客を最も大事にする文化を持った企業」自ら提供するサービスであることだという。
よく知られているように、Amazon.comは顧客に対して“品揃え、低価格、利便性”という永遠に変わらない価値を提供していくことをビジョンに持ち、それらをサイクルとして永遠に回すという考え方を掲げている。そのことは、競合からの圧力がない中で2006年から計44回の値下げしてきたことからもわかるはずだという。
サービスの開発手法についても、こうした考え方に沿っている。2013年は280件の新機能、新サービスをリリースしたが、これらはすべて顧客からのフィードバックに基づいたものだ。「サービスのロードマップは顧客が決めているのに等しい」(同氏)のだという。
サービス開発の手順も変わっている。Vogels氏によると、AWSのサービス開発では、まずプレスリリースを先に書き、フィードバックを得る。次に、FAQを書き、ユーザーイテレーション、ユーザードキュメンテーションを書き、最後に開発ドキュメントに落としこむというアプローチになっているのだという。製品やテクノロジありきの開発ではないということだ。
「“イノベーションを増やしたいなら失敗のコストを下げなければならない”。これは、伊藤穰一(Joi Ito)氏の言葉だが、アジャイルの考え方を的確に示している。とりあえずやってみようという考え方に沿って、まずチャレンジすることが大事だ。その点、AWSでほんの数ドルで試してみて、そこで使い続けるかどうかを見極めることができる」
Vogels氏は、エンタープライズ分野の最高情報責任者(CIO)からの多くの要望に応えるよう新機能を追加したとし、最近のアップデートを簡単に紹介した。
具体的には、EC2の新しいインスタンスである「T2」、EC2向けのストレージサービス「Amazon Elastic Block Store(EBS)」にソリッドステートドライブ(SSD)を活用した「General Purpose(SSD)」、ログを一元管理できる「Log for CloudWatch」などだ。
東京リージョンで利用可能になったものとしてはログ履歴管理サービス「AWS CloudTrail」、膨大な量のストリーミングデータをリアルタイムで処理するサービス「Amazon Kinesis」がある。Kinesisは、リアルタイムのアナリティクスを可能にするサービスとして、すでに、あきんどスシローやガリバーインターナショナルでの採用実績があることを紹介した。寿司の皿や中古車につけたセンサからの情報をリアルタイムに解析しているという。
特にCIOからのニーズの高い機能としては、モバイルサービスを挙げ、最近リリースされたばかりの「Amazon Cognito」「Amazon Mobile Analytics」「Amazon Moblie SDK」を紹介した。仮想デスクトップサービスの「Amazon Workspaces」や限定プレビューが始まったドキュメント共有とコラボレーションサービスの「Amazon Zocalo」もCIOからの要望をもとに開発したサービスだという。
Vogels氏は「AWSは、あらゆる業界で使われており、エンタープライズでの存在感も増している。ミッションクリティカル領域での活用も進んでいる」ことを強調。NTTドコモ、エイチ・アイ・エス、マネックス、国立情報学研究所のそれぞれの講演は、それを裏付けるような事例紹介となった。