東京大学医科学研究所(東大医科研)と日本IBMは7月30日、IBMの「Watson Genomic Analytics」を活用して先進医療を促進するための新たながん研究を開始すると発表した。
Watson Genomic Analyticsの利用は北米以外の医療研究機関で初。コグニティブコンピューティングシステムの活用により、研究者によるがん細胞の全ゲノムに存在する遺伝子変異情報に基づいたゲノム医療・個別化医療の研究推進を加速させ、将来的には臨床応用への可能性を検証していくという。
がんは、日本人の最大の死亡原因となっており、日本人の半数がその生涯において罹患するとも言われる。これに対し、化学療法、放射線治療、手術といった標準的な治療法が実施されているが、標準的な治療法では完治できない患者も多い。そこで研究が進められているのが、個別化医療技術だ。
がん細胞のゲノムには数千から数十万の遺伝子変異が蓄積しており、それぞれのがん細胞の性質は変異の組み合わせによって異なる。がん細胞のゲノムに存在する遺伝子変異を網羅的に調べることにより、その腫瘍特有の遺伝子変異に適した治療方法を見つけ、効果的な治療法を患者に提供することが可能となる。
この個別化医療を実現するには、全ゲノム・シークエンシング(DNAを構成する塩基配列の決定)から得られたデータを解析するための複雑で大規模なビッグデータ解析が必要だ。がん細胞の全ゲノム情報はおよそ60億文字分のデータに相当するが、遺伝子解析技術の進歩により、これらの全ゲノム情報を読み取ることも可能となった。
また、インターネット上には、がん細胞のゲノムに存在する遺伝子変異と関連する研究論文や、臨床試験の情報など膨大な情報がある。Watsonは、このような膨大な情報を迅速に参照、分析し、がんの原因となる遺伝子変異を見つけ出すとともに有効な治療方法の可能性を提示する。
今回のがん研究では東大医科研が有するスーパーコンピュータ「Shirokane3」と、クラウド基盤で稼働するWatson Genomic Analyticsを連携、研究を進めていくためのビッグデータ解析基盤としている。
Watson Genomic Analyticsの活用により、特定された遺伝子変異情報を医学論文や遺伝子関連のデータベースなどの、構造化・非構造化データとして存在する膨大ながん治療法の知識体系と照らし合わせることが可能となる。そしてWatson Genomic Analyticsは科学的な裏付けのあるとともに、有効と考えられる治療方法を提示する。
東大医科研の宮野悟教授は、次のようにコメントしている。
「私たちの研究チームは、全ゲノム解析に基づいた個別化医療を探求しており、Watsonは私たちの研究を大幅に進める可能性を提供してくれます。Watsonはクラウド型のソリューションであるため、われわれ研究者はゲノムデータや医学研究の情報をすばやく集約し、分析に利用できます。また、医学研究の情報を患者にとって有効である可能性をもった治療法を見出すために活用する上で、Watsonはクラウド基盤に構築された膨大な知識ベースを利用して支援してくれます」