東京大学先端科学技術研究センター(東大先端研)の研究チームが中心となり、さまざまな障がいをもつ学生の高等教育への進学をITで支援する「DO-IT Japan」の活動が、今年で10年目を迎える。8月11日、DO-IT Japanの一般公開シンポジウムが東京大学 安田講堂で開催され、これまでの10年の活動の振り返りと、これからの10年に行うべきことについての議論が行われた。
DO-IT Japanでは、学習障がいや肢体不自由、視聴覚障がいなど、さまざまな障がいをもつ学生に対して、読み書きの手段としてのIT活用を支援し、高校や大学への進学の道を拓くことに取り組んでいる。具体的には、書字障がいや肢体不自由をもつ学生がPCに音声やキーボードで文字入力する力を身に着ける手助けや、読字障がいのある学生が音声で文字情報にアクセスする手段を提供。学生が学校の試験や高校・大学受験で正当な評価を受けられるようにする。
特に、学生自らが受験に際して、学校側に自分の障がいについて説明し、必要なIT機器を使用する権利を主張する「セルフアドボカシー」の能力をもった人材の育成にフォーカスしている。そのような将来の社会のリーダーになる資質をもった学生を選抜・養成するプログラム「スカラープログラム」を2007年から続けてきた。
学びのスタートラインに立つために10年かかった
東大先端研 准教授 近藤武夫氏
DO-IT Japanディレクターの東大先端研 准教授 近藤武夫氏は、DO-IT Japanのこれまでの10年について、「学生たちが学びのスタートラインに立つために当たり前のことが認められるようにする時間だった」と振り返った。「2007年当時、受験でPCを使うことはまったく認められなかった。2007年のスカラープログラム参加者の中にも受験時にワープロ使用を申請した人がいたが、大学側から却下されている」(近藤氏)
活動を始めた当初は、大学進学を目指す高校生を対象にスカラープログラム参加者を募集した。2007年には10人の枠に40人の応募があった。近藤氏は、障がいをもつ児童・生徒が増加傾向にあることから、プログラムへの応募者は増えていくと予想していた。しかし、実際にはなかなか増えなかった。「読み書きに困難のある児童生徒は、小中学校の段階で学習につまずき、大学受験を目指すような進学校へ入学できる子が少ない状況だった」(近藤氏)。
そこで、2011年にスカラープログラムの対象者を小中高生まで拡大したところ、小中学生を中心に応募が急増したという。さらに、「大学に進学してから自分の障がいに気が付く人や、自分の障がいへの理解を深めたいと考える人、同年代とコミュニケーションをとりたい人が少なからずいる」(近藤氏)ことから、2014年からは大学生もスカラープログラムで受け入れている。
DO-IT Japanの方針は、あくまで学生自身が受験校や所属校に対してセルフアドボカシーをすることだ。近藤氏らDO-IT Japan側は、学生が求める配慮が認められるための後方支援を行ってきた。
この10年の間に、高校・大学入試でのPC利用や、音声(代読)による受験が認められるケースは徐々に増えている。2016年4月には、教育機関での「合理的配慮」が法制度化されたことで、今後は障がいのある学生の学ぶ権利の保障、受験での合理的配慮が社会全体の常識になっていく。「学生たちが学びのスタートラインに立つための活動に10年の時間がかかってしまったが、本当にやりたかったのは、障がいをもつ若者の中から、日本をつくっていく社会のリーダーを輩出すること。これからの10年は、社会に新しい価値をつくることに取り組んでいく」(近藤)