ITの側から農業に携わることになった人は今の農業シーンがどのような状況に置かれているかを考えてみる必要がある。一般の人が手にする農業に関する情報は、ある側面でメディアバイアスが掛かっていることを知らなくてはならない。いくつか例を挙げながら、今の日本の農業について、IT業界にいるものとしていくつか考察を述べる。
私が所属するPSソリューションズは「e-kakashi」というフラッグシップを作り、農業に貢献できるITサービスを開発している。では私たちは前述の渡れない川に対してどう対応したのか。
私自身は元々国際通信網の監視管理に人工知能(AI)を応用する研究をしていた研究者だった。実際に国際電話網の監視を行うエキスパートシステムなどの研究開発をしていた。そんな人間が農業に興味を持ち、農業に使えるシステムを作ろうと思ったのである。そうすると、逆がいるのではないかと思った。
つまり、農業分野の研究者で、センサなどを使った農業技術に興味を持っている人がいるのではないか、という着想である。運よくまさにその通りの人材に巡り合うことができ、かつ、当時ソフトバンク社内に存在するビジネスプランコンテスト(ソフトバンクイノベンチャーと呼ばれる制度)を通して事業化検討の承認が得られた事から、農業分野、植物生理学分野に専門性のある研究者をプロジェクトとして採用できました。元々いたIT系のエンジニアやビジネス開発の人材と合わせて、1つのチームを構成することができたのです。
ここからがわれわれの本番であった。前述の大きな川は、IT側と農業側の両方から橋を架ければ崩落せずに橋が架けられたのである。その結実が後述するe-kakashiである。
カーナビゲーションを想像してほしい。まだカーナビが一般的ではなかった頃は高価で中々買えなかった。また、カーナビの有効性に疑問を投げ掛ける人も多かった。地図があるのにわざわざそんなものは要らないとか、普段走る道は同じだからそんなものは要らないというタイプの意見である。
ところが今はどうだろうか。今時カーナビなんて要らないという人はいるだろうか。ここでいうカーナビとは車にビルトインされている物も、スマートフォンで動かす様なものも合わせて、ひとくくりでカーナビと称している。
運転の初心者は道に慣れていない。そんなときに音声や映像で道を行先までの道順を教えてくれるカーナビはとても便利だろう。私も出張で知らない土地を走る時などに必須といっても過言ではない。
では、ベテランドライバーやさらに上をいくプロ、タクシードライバーはどうだろうか。彼らは道を知っているという利点に加えて、VICS渋滞情報や工事情報など生身では得にくい情報も把握することで、最適経路や迂回路をさらに正確に特定できる。しかも、逐次的に変化する状況をとらえつつ、動的に見つけられるのである。
ここで、最適な経路とは何であろうか。それはその道行のニーズに最も合ったものである。最短経路なのか、最も早く着くのか、それとも最もエコなのか。道路の地図と、現在起こっている状況変化への追従、そして行程の方針、これらを合わせてナビゲートしてくれる。一度使ったらやめられないし、同じところに毎日行く人でも、毎回同じ行先を入れても、カーナビが示唆する経路は状況変化する。
私たちのe-kakashiは、当面農業におけるカーナビの様なものを目指している。ekナビゲーションと呼んでいるものである。どういう作物を栽培するのか、が決まると、それに応じた地図や要求内容に相当するekレシピを設定する。ekレシピにはまず初期段階でその作物が持つ植物生理学的な栽培環境要件が電子的に記述されている。次にその産地独特の環境特性を鑑みた栽培方法が記述できるように設計されているので、その部分を調整する。
例えば、京都府与謝野町でコシヒカリを作る、という事であれば、ekレシピにはまずコシヒカリの環境要件が記述され、それに与謝野町の自然環境、推奨する有機肥料等から来る特徴要因を設定することで与謝野町用に調整される。
そこに加えて、その年の方針、例えば甘みを強く出すとか、アミノ含有量の目標値などの方針のための調整がさらに加えられ、ekレシピは一旦完成する。
次にek知識処理部がekレシピを読みこんで、ekナビゲーションがスタートする。まるでドライブがスタートするように。栽培途中には予想しえなかった急な温度変化、熱い寒いなど、不安定な地球環境が待ち受けている。それらをekセンサノードから送られてくる情報から読み取り、気象データやドローンから送られてくる画像データからの情報などから総合的に判断して、ナビゲートを続ける。観測データなどの記録、日平均気温の積分値等様々な栽培指標を監視しながらより良き農業を実現するように動作する。