筆者は今年2月にシドニーにて開催された APIdays Australia 2017 という API専門のカンファレンスに参加したのだが、そこで複数のスピーカーが取り上げていたテーマは「ビジネス・モーメント」と「エコシステム」であった。
「ビジネス・モーメント」とは、ある瞬間における、顧客にとってパーソナルかつアドホックなニーズ、たとえば空港で搭乗待ちをしている乗客の時々刻々変化する要望である。
そのビジネス・モーメントを捉えて、顧客に対してその瞬間に最も必要なサービスを提供するためには、当然のことながら一事業者単体では不可能であり、異なる事業者が提供する複数のサービスを、エンドユーザーと協力してつむぎ合わせていかなくてはならない。
それを実現するのが、エンドユーザーの自発的な同意に基づいて連携可能なAPIである。
そしてエンドユーザーを中心にサービスを連携させるためには、事業者は、時には顧客接点となって他者のAPIを呼び出し、またある時には別の事業者が担う顧客接点に対してAPIを提供する、というように、他事業者とAPI利用・提供を行うことになる。
単一の事業者が直接的にすべての顧客接点を有する「オムニチャネル」から、ときには他社の顧客接点をも活用して常にエンドユーザーのニーズを受け止めるための「エコシステム」の確立に、APIは欠かせないものとなるのだ。

APIファーストとは「イノベーション・ファースト」の手段である
以上をふまえると、APIブームとともに繰り返される「APIファースト」という惹句(じゃっく)も、これまでとは違った意味に聞こえてくるのではないだろうか。
モバイルデバイスやソーシャルネットワーク、クラウドといったテクノロジが新たな前提となる中、システムを疎結合とし、変化に強いITアーキテクチャを実現するために、まずサービスをAPI化するという文脈での「APIファースト」は、もちろんそれ自体は間違いではない。
しかしその主張は、過去にも喧でんされていたサービス指向アーキテクチャ(SOA)の理想の焼き直しのように思える。
そうではなく、企業が自社のコアを外部に開放し、その機能を他社が取り込み、エンドユーザーに対していままで提供できていなかった、イノベーティブな価値やソリューションを創造することこそが重要なのである。そして、これを実現するための仕組みを第一に考えることこそが「APIファースト」なのだ。
本連載では次回以降、Fintechや大手インターネット・サービスのAPI活用の動向、それを支えるテクノロジ、製品やサービスを分析しながら、APIファースト実現への道標を見定めていく。
- 工藤達雄
サン・マイクロシステムズにて10年間、アイデンティティ管理を中心とするミドルウェア分野のプリセールス、システム構築、テクニカル・マーケティングを歴任後、2008年に野村総合研究所入社。 Webアイデンティティ技術を活用したITサービスの企画・開発に従事。情報処理推進機構情報セキュリティ技術動向調査タスク・グループ委員、同「アイデンティティ管理技術解説制作委員会」委員、情報処理学会規格調査会SC 27/WG 5小委員会委員、ISO/TC247国内審議委員会委員、OpenIDファウンデーション・ジャパン事務局長など兼任の後、2014年よりNRIセキュアテクノロジーズにて、APIとデジタル・アイデンティティのコンサルティングに携わっている。
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