海外コメンタリー

量子コンピューティングは実際、何に役立つのか - (page 2)

Tony Baer (Special to ZDNET.com) 翻訳校正: 石橋啓一郎

2017-10-17 06:30

 例えば、サプライチェーンを最適化したいとしよう。現在であれば、まず問題を可能性の高い10個程度のシナリオに分割しなければならないことが多いはずだ。しかし量子コンピューティングのリソースがあれば、分析の対象を事実上可能性のあるあらゆるシナリオに広げることができる。同じことは、世界中にまたがる、相互に連動する複雑な取引システムの財務リスクを管理するというような具体的な課題にも言える。あるいは臨床研究を行っているチームが、薬物試験中に、特定の患者コホートが服用している可能性がある、あらゆる薬物の組み合わせと新薬の相互作用をモデル化できればどうだろうか?その先には、真の個別化医療も見えてくる可能性がある。

 ただし量子コンピューティングの開発は、まだ萌芽段階にある。現在は、カナダの小規模なスタートアップであるD-Wave Systemsが、限定的な形で量子コンピュータを販売しているほか、IBMがクラウドで5~17量子ビットのマシンをクラウドで提供しており、Googleが49量子ビットのアーキテクチャを開発しているという程度だ。従って、量子コンピュータがまだ、複雑な繰り返し処理が必要なクラスの問題(ちなみにこれは、「Spark」が得意としている領域だ)を扱えないとしても驚くには当たらない。

 暗号化と復号の処理も、現在は手が届かない問題の一例だ。暗号アルゴリズムが複雑になればなるほど、より大きな数の素因数分解が必要になる。しかし量子ビット間の相互作用(「量子もつれ」と呼ばれている)を利用すると、入力値の数が従来の平方根の数になり、多くの手順を省略して問題を簡単にできる可能性があることが分かっている。ボトルネックはメモリだ。このような計算を行うには、状態や中間結果を保存しておく必要がある。これは、Sparkや「MapReduce」が抱えている問題に似ている。問題は、計算を実行するチップの開発は進んでいるにもかかわらず、量子メモリの開発はまったく進んでいないということだ。

 このことは、一部の問題を扱うためには、暫定的な(あるいは長期的な)手法として、量子コンピューティングには順列組み合わせの処理を任せ、従来型のスケールアウトシステムには繰り返し処理を担わせるという役割分担が必要になる可能性があることを意味している。

 現在量子コンピューティングを手がけている組織の数は驚くほど多い。その多くは政府資金が投じられた研究開発だが、過去3年間のベンチャーキャピタルによる投資が、約1億4700万ドルに達していると推定しているレポートもある。その一方、スマートモバイルデバイスやモノのインターネット(IoT)、ビッグデータアナリティクス、クラウドコンピューティングなどのさまざまな技術が、10年前には事実上存在しなかったことを考えれば、量子コンピューティングの実現時期についても楽観的に見ていいのではないかとも思える。

 しかし、量子コンピューティングの実現を阻む障害は、物理的な面と知的な面の両面で存在する。

 第1の問題はマシンを極低温に冷却する必要があることだ。以前であればこれは大きな障害になっていただろう。しかしクラウドの普及によって、規模の経済が働いてGPUの値段が下がったのと同じことが、量子コンピュータにも起こる可能性が高い。

 それでも、いくつか厄介な問題が残っている。スケールアウトに関する物理学的な問題には、まだ基礎的な研究が必要であり、このような大規模で脆弱なシステムをスケールアウトさせる方法は分かっていない。しかし、もっとも困難な課題は、おそらく知的なものだろう。量子コンピューティングの問題を概念化するには、従来とはまったく異なる考え方が必要になる可能性が高い。これは、量子コンピューティングへの入り口は、過去10年間に登場したテクノロジが急速に普及したのに比べ、ずっと緩やかなものになる可能性が高いことを意味している。

この記事は海外CBS Interactive発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。

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