セキュリティ対策の失われた10年
このような状況は、昨日今日始まったことではない。その証拠に、実際に読者の皆さんが所属している企業などにも不正侵入検知/防御(IDS/IPS)やウェブアプリケーションファイアウォール(WAF)、場合によっては人工知能(AI)を搭載した攻撃の検知をうたうセキュリティ対策製品が導入されているかもしれない。ずいぶん前からこのような機器やソフトウェアがセキュリティ対策のトレンドになっているからだ。
その証拠に、IDS/IPSやWAFより新しい「次世代型ファイアウォール」というものがある。しかも、ネットワーク機器であるはずにも関わらず、アプリケーションを可視化し、制御するという不審な通信を見つけやすい機能を持っている。そして、この最新のセキュリティ対策に見える次世代型ファイアウォールですら、実は日本で発売されて、既に10年が経過している。
しかしながら、このようなセキュリティ対策製品を駆使してサイバー攻撃に対応できている企業は少数派に過ぎない。先述のように、セキュリティ人材がユーザー企業側にいないので、このような製品を運用できないのだ。そのため、ユーザー企業の選択肢は、セキュリティ事業者によるマネージドセキュリティサービスなど、ベンダー側にいるセキュリティ人材のサービスを購入するしかない。しかし、残念ながらその利用率は決して高くはない。結局それらのセキュリティ製品は機能せず、システム運用の現場が完全に置いて行かれている状態にある。
非常に効率的で強化されているサイバー攻撃に対し、我々はそのセキュリティ人材の不足により非常に劣勢だ。不足しているセキュリティ人材の育成が叫ばれ、政府や大企業を中心に盛んではあるが、その充足は、まだはるか先のことだろう。
その理由は、セキュリティ人材たり得る大前提として、一定レベルのネットワークやOSなどシステムプラットフォームの知識が不可欠だからだ。端的に言えば、システムの素人から一足飛びにセキュリティ人材となることは難しく、育成に時間がかかる。サイバー攻撃の最前線で戦うためには、少なくとも3年や5年の実務経験値は必要だろう。そして、その課題は技術論だけに収まらない。企業や組織の中でセキュリティ人材をどのように位置づけるか、その後のキャリアパスまでも構築しなければならない。
その結果、次世代ファイアウォールが登場からの10年間、企業は高度な運用を前提とするセキュリティ製品をいくつも導入しておきながら、それらが効果的に機能する仕組みを作れず、飾りのようにしてしまった。こんなセキュリティ対策では「失われた10年」と言われても仕方が無いだろう。そして、これは現在進行形の問題だ。日本の経済がそうなってしまったように、10年だったものが20年、25年とその失われた期間が延長されることはどうしても避けなくてはならない。
次回は、ユーザー企業がこのセキュリティ人材をどのように考えるべきかについて記していきたい。
- 武田 一城(たけだ かずしろ)
- 株式会社ラック 1974年生まれ。システムプラットフォーム、セキュリティ分野の業界構造や仕組みに詳しいマーケティングのスペシャリスト。次世代型ファイアウォールほか、数多くの新事業の立ち上げを経験している。web/雑誌ほかの種媒体への執筆実績も多数あり。 NPO法人日本PostgreSQLユーザ会理事。日本ネットワークセキュリティ協会(JNSA)のワーキンググループや情報処理推進機構(IPA)の委員会活動、各種シンポジウムや研究会、勉強会での講演なども精力的に活動している。