現実世界の空間に3Dグラフィックを重ね合わせる「Mixed Reality(MR:複合現実)技術を歴史文化財に活用することで、どんな体験が生み出されるのか――。日本マイクロソフトと同社の「Microsoft Mixed Realityパートナープログラム」に参加する博報堂が2月21日、国宝「風神雷神図屏風」とMR技術を組み合わせるプロジェクトの成果「MRミュージアム in 京都」を京都市の建仁寺で発表した。
「Microsoft HoloLens」で映し出される「風神雷神図屏風」のMR空間
Microsoft Mixed Realityパートナープログラムは、さまざまな業界でのMR活用を目的にした取り組みで、博報堂や博報堂プロダクツなど9社が参加する。今回のプロジェクトは「京都Mixed Realityプロジェクト」の名称で2017年7月に発表され、文化財の新たな鑑賞スタイルや文化教育、観光モデルの実現を目指す。歴史的な文化財とMRを組み合わせているケースは世界初という。
成果となる「MRミュージアム in 京都」では、江戸時代初期の画家・俵屋宗達が描いた風神雷神図屏風(建仁寺蔵)の世界観を表現した約10分間のMRコンテンツを、マイクロソフトのMRデバイス「Microsoft HoloLens」を使って体験するというもの。実際の風神雷神図屏風(複製)を前にしてHoloLensにコンテンツを重ねて投影され、音響や照明を使った空間演出も行われる。
成果は2月22~24日に建仁寺、2月28日~3月2日に京都国立博物館で一般にも公開(対象は13歳以上、拝観料などが別途必要)され、約300人が体験できる見込みだ。
見るだけでなく動きで作品を感じる
建仁寺の体験室では、奥に置かれた風神雷神図屏風(複製)を前に、HoloLensを装着した利用者が室内を動き回りながらコンテンツを体験していく。
MR空間では現実の「風神雷神図屏風」を中心に3Dグラフィックが組み合わさる
まず風神雷神図屏風に向き合うと、3DグラフィックがHoloLensに投影され、足元からに空間が広がっていく。そして、3Dホログラフィックで全身を再現された建仁寺僧侶の浅野俊道さんによる解説が始まる。浅野さんが静かに語り掛けながら、屏風から3Dグラフィックの風神と雷神が飛び出し、体験室の空間全体に風や雷で嵐を起こす様子が再現される。さらに、緑あふれる地球の大地や星々がきらめく宇宙の姿がHoloLensに投影されていく。
建仁寺の体験室
途中で俵屋宗達の風神雷神図屏風の左右に、その後に描かれた尾形光琳による風神雷神図屏風(東京国立博物館蔵)と酒井抱一による風神雷神図屏風(出光美術館蔵)が映し出され、3つの風神雷神図屏風が並ぶ様子を見ることができる。最後に浅野さんの呼び掛かけでHoloLensの前で自身の指をかざして動かすと、指先から蝶が飛び出し、風神雷神図屏風の前をひらひらと優雅に舞う。音響や照明による空間演出と相まって、屏風に描かれた壮大ながらも優美な世界観を肌で感じ取ることができる。
建仁寺には、体験室と同じ俵屋宗達の風神雷神図屏風の複製(実物は京都国立博物館が保管)が展示されているが、こちらはガラス越しに作品を鑑賞し、解説も文章で読む一般的なスタイルだ。MRを活用した今回の試みは、作品を静かに鑑賞する従来のスタイルとは全く異なるものであることを実感した。
HoloLensを装着して見るグラフィックは体の向きや指先の動きにも反応してリアルタイムに変化する
“体験”の場の制約を取り払う
コンテンツを製作した博報堂 エグゼクティブ・クリエイティブディレクターの須田和博氏によれば、風神雷神図屏風を選んだのは、多くの国民が知る作品であり、作品の世界感もMRを使った体験にふさわしいという判断からだった。建仁寺に協力を求めたところ、快諾を得られたことが意外だったという。
京都国立博物館 館長の佐々木丞平氏は、「博物館の展示室ではなく、建仁寺という場所で実物の風神雷神図屏風を多くの人々に鑑賞していただくべきだが、現代はそれが非常に難しい」と話す。
俵屋宗達が創造した作品を建仁寺という特別な場所で体感できることが理想的だが、作品を後世に伝え続けるには環境が整えられた博物館で保管せざるを得ないという。また、実物の風神雷神図屏風は京都国立博物館でも年に数日しか公開されないため、風神雷神図屏風の世界感を体験できる機会は非常に限られてしまう。
佐々木氏は、「MRはそうした制約を解き放つ可能性を秘めた技術」と期待を寄せる。記者会見で建仁寺 宗務総長の川本博明師は、「歴史的工芸品の国宝第1号に指定された風神雷神図屏風と建仁寺を選んでいただいたことに感謝を申し上げたい。発展途上の技術とも感じたが、今後の進化で面白いものになるだろうと期待している」と語った。
マイクロソフトによれば、MRプロジェクトの多くは企業導入を見据えた実証実験の段階にあるが、一部では既に実用化が始まっている。米航空宇宙局(NASA)は、火星探査のデータをもとに開発した火星環境の3Dグラフィックをケネディ宇宙センターで来館者に公開しており、サーカスで知られるCirque du Soleilは、舞台設営をプランニングする際にMRを活用しているという。
国内でも日本航空がパイロットや整備士の育成でMRの活用を検討。2017年11月にはフランスの航空機メーカー大手のAirbusとMRの実用化で提携を発表した。三菱ふそうトラック・バスでは、車両のメンテナンスなどにMRの活用を検討しているほか、Microsoft Mixed Realityパートナープログラム参加企業による建設現場での活用検証といった取り組みが進められている。
日本マイクロソフトの平野拓也社長、京都国立博物館の佐々木丞平館長、建仁寺の川本博明師、博報堂の須田和博エグゼクティブ・クリエイティブディレクター、米Microsoft HoloLensプロダクトマーケティング シニアディレクターのJeff Hansen氏(左から)
博報堂の須田氏は、今回のプロジェクトでは学習や教育分野におけるMRの可能性を検証することを目的にしており、今後はさらなる技術開発や応用の広がりを目指すという。博報堂では、プロモーションや広告、プレゼンテーションといった企業コミュニケーションの分野でMRを活用する「スペース・エクスペリエンス事業」を立ち上げ、商用化を進め行くとしている。