良い道具は、使い慣れるとまるで身体の一部のように馴染み、ときにはその存在すら意識しないようになる。そうした道具を通じて受け取るフォードバックも、もともと備わった身体感覚かのごとく感じられる。センサや計算機を使うことで、これまで人間が感知できなかった事柄を認識できる形式に変換することも可能であり、身体感覚の幅を拡張できる。
道具を身体の一部のように馴染ませる(身体化)ためには、操作とフィードバックの両面においてユーザーインターフェース(UI)が非常に重要となる。そして、身体感覚の拡張は多くの場合で優れたユーザー体験(UX)をもたらす。今回はフィードバックと身体性について考察する。
身体性と自己帰属感
「どこまでが自分の身体か」(身体感)というのは、多くの人が自明であり本能的に理解していると考えている。しかし、実際は「学習」によって身に付くものであり、例えば、生まれて間もない赤ん坊は「(眼に映る)手が自分の身体であり自分が動かせる」ことを理解していないという。
その時点ではまだ「何」なのか分かっていない意志の発露(運動神経に乗せる信号)と、それに対する視覚や触覚によるフィードバックを学習することにより、身体感が形成されていく。例えば、手などが自分の意志で動かせるものであり、何かにぶつかると「痛い」という感覚が得られる。ひとたび学習がしっかりできてしまえば、多少フィードバックに欠けるような状況でも身体性はあまり損なわれない。
道具や機械の使い方に習熟する過程においても同じであり、程度の多寡はあれども次第に「身体化」していく(フィードバックのラグ〔遅れ〕が大きいと、身体化しにくい)。最初は全く乗れなかった自転車も慣れてくると細かな操作を意識せずに扱えるようになる。どういうフィードバックに基づき操作しているかなど、どういうフィードバックに基づき操作しているかな分からないくらいだ。
身体化する対象との物理的なつながりはなくてもいい。例えば、遠隔操作するラジコンカーや、テレビゲームのキャラクター、コンピュータ画面のマウスカーソルなどが挙げられる。この場合、触覚的なフィードバックなどはもちろん弱くなってしまうが、ゲームのキャラクターが何かにぶつかったときに思わず「痛っ!」と言ってしまったことはないだろうか。
予測と身体性
身体性や自己帰属感を生じさせるためには、動作や操作に対するフィードバックがある程度予測できることが重要になる。その予測が実際のフィードバックと(ほぼ)一致することによって強く帰属感が生じる。その作用はとても強いので、例えば、複数のものの中からどれが「自分のもの」であるかなども、ひとたび把握できれば簡単に確信を持てるようになる。
JST ERATO 五十嵐デザインインタフェースプロジェクトの渡邊恵太氏(現・明治大学)らによる「CursorCamouflage」は、ランダムあるいは一定のアルゴリズムで動く多数のダミーカーソルの中に一つだけ、ユーザー操作に対応する「本物」のマウスカーソルを混ぜた状況で、ユーザーは高い確率で本物を発見できるという研究である。
本物のマウスカーソルは最初からユーザーの視界に入っているが、それを「発見」するまで自己帰属感はない。カーソルの「動く方向」は予測できるのだが、それが画面内の「どこ」で発生するか意識できず、予測と意識が一致しないためだと考えられる。自分の操作に対応するカーソルを見つけて、自在に動かせることが分かれば、その時点で自己帰属感が生じる。やや大げさだが、その瞬間に「自分のもの」になったのだと表現できる。