「人工知能(AI)」という言葉自体は珍しいものではなくなった。しかしながら、実際にAIを導入する企業はまだ4%に過ぎないという。受け入れが進まない要因はさまざまだが、IBMは年次カンファレンス「Think 2019」において、Watsonサービスを任意のクラウドで実行できるようにするなど、現在多くの企業が直面する課題に対応する製品強化やプログラムを発表した。
「Accelerating the Journey to AI」と題した基調講演では、技術研究と顧客利用の両方の視点で同社のAI戦略が語られた。今回はそのレポートをお届けする。
IBMでは、10年以上前からAIの研究を進めてきた。当時は「サイエンス」に過ぎなかったものを「企業が使えるものにした」とIBMでクラウドとコグニティブソフトウェアを率いるシニアバイスプレジデントのArvind Krishna氏は話す。
IBMでクラウドとコグニティブソフトウェアを率いるシニアバイスプレジデントのArvind Krishna氏
一方で、現在、多くのITベンダーがAI基盤を提供している。そんな中、IBMの差別化戦略として、Krishna氏は「AI活用のどの段階にあっても信頼できるパートナーとして支援できる」「データをどこに保管できるかなどで選択肢を提供する」「業界やスキルに関係なく誰もが使える」の3つを挙げた。
AIに関する同社の最新の取り組みを説明したData and AI担当ゼネラルマネージャーのRob Thomas氏は、現状について次のように語る。「2030年までにAIを土台とした経済効果は15兆7000億ドルと言われている。IT業界ではかつてない規模のものだ。一方で、受け入れは4%にとどまっている。潜在性はとてつもないのに足踏み状態が続いている」
AIの導入が進まない要因は幾つかあるだろう。中でもThomas氏は、「AIは魔法ではない」と述べ、“ブラックボックス”と捉えられていることに警笛を鳴らす。
AI活用に向けた4つのステップ
では、AIは何を実現するのだろうか? IBMでは、「予測」「自動化」「最適化」の3つに分類する。そして、AIを活用するための情報アーキテクチャの整備をデータの「収集(Collect)」「組織化(Organize)」「分析(Analyse)」と進め、最後にビジネスプロセスへの「浸透(Infuse)」の4ステップで進める必要があるとした。「顧客がどの段階にあってもIBMは支援できる」とThomas氏はアピールし、「重要なのは、(AIによる)インパクトを加速すること」だと強調した。
AI活用に向けた4つのステップ
Thinkでは、AIの管理と拡張のための「Watson OpenScale」やチャットボットを構築できる「Watson Assistant」などのWatsonサービスを、データ基盤「IBM Cloud Private for Data(ICP for Data)」を通じて、マルチクラウドやオンプレミスなどさまざまな環境で実行できるようになったことを発表。デモでは、実際に同製品を用いてAIで医療の効率化を図るインドのヘルスケア企業、iKureの例が紹介された。
インドでは年間200万人が心血管疾患で命を落とすが、心臓専門医が少ない。iKureはウェラブル端末と機械学習技術を利用して、優先度の高い患者から診察できるようにするサービスを構築した。デモでは、データの収集、組織化、分析などを行うICP for Data上でOpenScaleを活用し、構築したリスクモデルにバイアスがあることをシステムが検出、その原因を探るという流れを見せた。
ICP for Dataはマルチクラウドに対応しており、ダッシュボードでは単一のコンソールから状況を把握できる。その中から、バイアスというフラグが立ったリスクモデルの詳細を確認し、Model Lineageでモデルのソースを見たり、公開されている業界別のIndustry Acceleratorから心血管疾患の分析データを入手してモデルと比較したりすることが可能だ。
「直感的な体験により、忙しいCEO(最高経営責任者)でもモデルのパフォーマンスを数分で確認できる。自分でAIモデルを構築、評価できるので、そのAIモデルを信頼できる」とデモを披露したIBM シニアUXデザイナーのReena Ganga氏は話す。なお、iKureもマルチクラウド環境で利用しているという。
システムがバイアスを検出したことを知らせてくれる。
Model Lineageではデータの流れなどを確認できる。
フランスの銀行であるCredit Mutualは、3年以上前からAI戦略を進めてきた。最初の導入は、アドバイザーなどの行員向けの顧客対応領域だ。当時、Credit Mutualには1日当たり30万通以上のメールが顧客から寄せられており、アドバイザーがその対応に割く時間が課題となっていた。
そこで、IBMと共同でメールアナライザを開発し、貯金・クレジット・保険など5種類のビジネスドメインで1万1000件の正確な回答を作成、アドバイザーを支援するバーチャルアシスタントを構築した。これを利用することで、アドバイザーは顧客への回答時間を60%短縮できたという。
同行でコグニティブファクトリー担当ディレクターを務めるLaurent Phudhon氏によると、現在、顧客がウェブサイトやモバイルアプリから同様の機能を直接利用できるようにする取り組みを進めているという。